Lumina Sacra 3 [Dreamer’s Sky]

視界が、ぐるりと回る。
地球が回っているようだ。
初めての逆上がり。
呆気なく成功した。
昔はどんなに苦労しても、出来ず仕舞いだったのに。
大人気ないと言われてしまうような気もする。
でも、子供のように嬉しい。
久々の、楽しい時間だった。
まぁ、独りなのだけれども。
思えば、昔よりも独りで過ごすのが上手くなった気がする。

公園からの帰り道。
道端にたんぽぽが咲いていた。
そういえば僕の想い人も、どこかたんぽぽのような雰囲気のある人だった。
どこか可憐で、清冽な心の持ち主。
今、僕の想い人は何処で何をしているだろうか?
或いは、僕と同じ青空を何処かで見上げているのだろうか?
離れ離れになって、およそ四年。
追い掛けようかとも思ったが、あの時、僕達の関係は友達でしかなかった。
諦めるしか、なかった。

僕の想い人、静哉には夢があった。
東京で著名なアートディレクターになるというものだ。
大きな夢である。
一方の僕は、両親の敷いたレールの上を歩く日々。
情けない。
でも、自分の意志でそう決めた事。
後悔は、微塵もない。
静哉とは親しい友達だったが、それぞれ違う大学を出て以降、連絡を取り合わなくなった。
その後僕は、両親の経営する地元の小規模な建設会社で、見習い期間を経ていきなり課長待遇となっていた。
現場の職人さんからは軽んじられている上に、やっかみもあって、頭の痛い日々。
資格を取るのも一苦労だった。
しんどかった、本当に。
大体、見習いから一気に課長だなんて、幾ら何でも急過ぎる。

でも、これはある意味では夢が叶った結果とも言えるのだ。
幼い頃、父の大きな背中を見て、いつかこんな風になれたらと、そう思ったものだ。
そんな訳だから、一時の恋愛感情に身を任せて、全てを失う訳にはいかなかったのだ。
だから、僕達は初めから結ばれない運命にあったのだ、そう思っていたーー。

静哉とは幼馴染だった。
幼稚園の頃からの付き合いだ。
月日が経つのは、早いものである。
あの頃、僕達は奔放だった。
互いの両親の前で手を繋いで、僕達は将来結婚する、そんな事を度々言っていたものだ。
それでも、皆優しかった。
ただ、うちの母からは「男同士では結婚は出来ないの」と言われて、それはもうがっかりした記憶がある。

それからも、僕達がゲイである事について、互いの両親から咎められる事はなかった。
ただ、成長してゆくにつれて、僕達の関係は友達へと姿を変えていった。
それでも僕は密かに静哉に恋をしていたから、人知れず涙を流した事も一度や二度ではない。

かつて、静哉は言っていた。
「いつか俺は佐藤可士和に次ぐ大物になるんだ」と。
僕は静哉の事を心底から応援しつつも、内心ではいずれ離れ離れになる事への哀しみに囚われていた。
ここは地方都市。
アートディレクターになるなら、東京に出るのが近道だから、それは仕方のない事なのだ。

高校卒業の日。
卒業式を終えると僕達はベンチに座って、取り留めのない事を話した。
最後に、また会おうな、そう言われてガッチリと握手をしたのが、とても印象に残っている。

静哉は、東京藝術大学へと進学した。
当時、皆が驚いていた。
藝大に入るのは東大に入るよりも難しいとの、専らの評判だったからだ。
僕は地元の国立大学の理工学部へと進学。
実家から通う。
これで僕は、静哉との接点が僅かな携帯でのやり取りだけとなった。

僕も静哉も、夢を選んだ。
これは多分、正しかったのだと思う。
でも、心はいつも寂しかった。
この気持ち、静哉には分かるまい、この時はそう思っていた。

小学校低学年の頃、僕は静哉とよく、虫を取りに出掛けた。
クワガタやカブトムシは、僕達にとってはスターだった。
何故あの頃あんなに夢中になっていたのかが分からない程に、僕達は揃って今では虫嫌いだ。
ただ、早熟だった僕にはちょっとした下心があって、静哉の太い二の腕や丸々とした後ろ姿を眺めるのが、とても楽しみだったりした。
それだけの事ーーそれでも僕にとっては、忘れられない大切な思い出だったのだ。

大学進学を翌々日に控えた夜。
静哉が、うちに突然やって来た。
歓待する僕の両親。
夕ご飯を一緒に食べた。
この日は焼肉だった。
ちょうど良かった。
「美味しいです!いきなりお邪魔した上にご馳走になって、申し訳ないです。」
一見すると神妙な面持ちにも見えるが、よく見ると嬉しそうだ。
僕はというと、それはもう心臓バクバクものだ。
そんな僕の心境を知ってか知らずか、母は言う。
「あら〜、いいのよ。ゆっくりしていってね。泊まっていってもいいのよ。」
父も言う。
「そうだ、そうしなさい。明日発つんだろうが、朝に戻れば間に合うだろう。今夜は、うちの子とゆっくり話でもするといい。」
「ありがとうございます!」
静哉がそう言う間にも、肉はどんどん減ってゆく。
我が家は食いしん坊揃いなのだ。
でもそれは、静哉も同じ事。
負けじと箸を伸ばす。
「うんまいです!」
静哉、やはり何だかとても嬉しそうだった。

食後。
二人で、いろんな事を話した。
まずは小学生の頃静哉が、学校のトイレを使いたくなくておしっこを漏らしてしまった事。
トイレで性器の大きさを馬鹿にされているクラスメイトを見て、怖くなったらしい。
あの時、笑い者になった静哉を、僕が一人で庇ったのだっけ。
そこから大きな虐めにならなかったのは僕のお陰だと、その時の静哉には随分と感謝されたものだ。
それから、中学生の頃にうちと静哉の一家のみんなでスキーに行った時に、降りる直前で僕がリフトから落ちてしまった事。
危なかった。
積もる話は尽きない。
と、ここで突然静哉が言った。
「今度会う時は、違う関係性になっていると思う。お互い、夢を叶えるために頑張ろう!」
ガッチリとハグをする僕達二人。
内心では別れの辛さから泣き出したい所だったが、ここは我慢だ。
気がつくと、空が白んでいた。
暫しの別れ。
「頑張れ、静哉!」
僕は握手をする。
早朝だというのに、うちの両親も見送ってくれていた。
「道中、気を付けるのよ!」
「静哉、お前は私たち家族の誇りでもあるんだ。頑張れ!」
それに無言で手を振る静哉。
何故だろう。
静哉、泣きながら、笑っていたーー。

大学では、新たに友達が出来た。
智樹という名の、丸っこい子。
何処となく静哉に似ているような。
ただ智樹には交際相手が居たから、そういう関係になる事は、あり得なかった。
少なくとも、その時点では。
同じゲイ同士、ゲイに対する偏見はない。
それもあってか、こんなゲイ丸出しの僕とも仲良くしてくれた。
ありがたい。

静哉とは、時々携帯で話をした。
メッセージのやり取りもあった。
近況報告がメインだが、それでも嬉しかった。

ファーストフード店で、智樹と二人。
見る人が見れば、暑苦しいツーショットだろう。
僕と智樹は、同じものを頼んだ。
面倒臭がりの智樹は、頼むものを考えるのが苦手で、僕と同じにする事がこの後も度々あったのだ。
出会ったばかりの二人。
どうもぎこちない。
ちなみに僕達が頼んだのは、チーズバーガーとてりやきバーガー、ナゲット12ピースとポテトのLサイズ、それにコーラのLサイズをそれぞれ二つずつ、それでちょうど二人前だ。
実は物足りないのだが、ファーストフード店も意外と高いから、これ以上は盛れないのである。

さて、智樹。
話があるという。
聞くと、交際相手と別れたらしい。
相手の浮気が原因だとか。
彼、店内だというのにテーブルの上に突っ伏して、泣き出してしまった。
どうしていいか分からない。
ただ、彼、可愛かった。
タイプだったのだ。
ここで静哉の顔が頭をよぎる。
けれども、僕の頭の中の静哉は、この出逢いを応援してくれていた。
都合の良い話ではある。
だが、待っていても静哉とは結ばれる事はないのだ。
そう思った。
だから珍しく、悩まずに決めた。
打算だったかも知れない。
それでも今、この状態でならきっと落とせるに違いない、そういう期待と下心はあった。
ずるい考えかも知れないけれど。
僕は言う。
「良かったら僕とお付き合いしない?僕、初めて見た時から君の事がタイプだったんだ。気が乗らなかったら、無理しなくていいけど。」
すると、彼の丸々とした掌が目の前に差し出された。
大きく一つ、頷く智樹。
成功だ。
僕は彼の手を取って、店内だというのにキスをした。
我ながら節操のないものだ。
しかし、待っているだけでは未来は明るくない。
少なくともこの時は、そうだった。

それからは、毎日が楽しかった。
ある日僕は、とっておきの海岸に智樹を連れて行った。
いつか静哉と行きたかったその海岸、知る人ぞ知る絶景スポットなのだ。
曰くその地は朝と夕方に、聖なる光で満たされるという。
日没前。
太陽の光の力を借りて、水面がダイヤモンドのように輝くーー。
その光はまさに、聖なる光と呼ぶに相応しかった。
二人して、ただ立ち尽くす。
溜め息を漏らす僕達に海が微笑みかけているような、そんな時間。
とてもとても、大切な思い出になった。
温かい気持ちを抱いて、僕達はこの時、幸せだった。
空は、そんな僕達を高みから、何処か冷たく見下ろしていた。

それから四年近くが経って。
智樹は僕と別れざるを得なくなっていた。
演劇の世界に進みたくて、上京するのだ。
皆夢を追って、僕の元を去ってゆく。
寂しかったが、仕方ない。
そもそも智樹には申し訳ないのだが、付き合っている間も僕の心の片隅にはいつも、静哉が居たのだ。

最後の夜。
「頑張るんだょ、智樹!」
「そっちこそ。頑張って!」
そんな何処かありきたりなやり取りで、僕らは別れた。

遡る事、二年。
僕は静哉と、会っていた。
休みを利用して、静哉が地元に帰って来たのだ。
静哉とはこれまでは、ただの友達だった。
だが、互いに好き合っている、それは既に暗黙の了解だった。
古風な雰囲気の喫茶店で。
場違いだったかも知れない。
薫り高いコーヒーを飲みながら、黙ったままの僕達。
先に沈黙を破ったのは、静哉の方だった。
「卒業して仕事の目処が立ったら、遠恋でもいい、必ず迎えに行く。だからもうしばらく待っていてくれ。好きなんだーー。」
僕はずるかった。
智樹という存在が居るのに、これに黙って頷いてしまったのだ。
智樹が演劇志望なのは知っていたから、多分卒業後には上京するのではないかという計算もあった。
でも何よりも、嬉しかったのだ。
静哉の告白がである。
理屈抜きに、そう思った。

その日、たった一度だけ、静哉と“彼氏”として共に時間を過ごす事が出来た。
寝た訳ではない。
ただ、それでもやはりそれは智樹への裏切りには違いなかったから、僕の胸はちくりと痛んだ。
そしてもちろん、静哉も智樹の事は知らない。
僕は二人を裏切ってしまっていた。
まさに、どうしようもない人間だったーー。

智樹との時間は、楽しかったのだ。
だが、静哉の事を忘れられないでいたから、家に帰ると頭を抱えるばかりだった。
悩んでいた。
だからあの海岸に、今度は独りで出掛ける事にした。
到着するなり、光の群れが目に焼き付く。
どす黒かった心が清らかになってゆく、そんな気がした。
明日からもまた生きてゆける、そう心から思えた至福の時間だった。

それからも静哉とは、時々連絡を取っていた。
会える訳ではなかったが、内心ではとても嬉しかった。
だがそれも、大学を卒業と同時に、ぱったりと途絶えてしまう。

大学在学中はずっと、智樹とは仲が良かったが、今ひとつのめり込めない。
静哉の事もあったが、何よりいずれ上京してしまうのだろうという思いが、没頭する事を邪魔していた。
そして、その思いは現実のものとなった。

大学を卒業して丸五年経ったある休日。
木漏れ日の中をそぞろ歩いていると、目の前に猫、突如現る。
三毛の雌だった。
野良猫だったが、良く懐くので飼う事にした。
甘えたがりの猫のようだ。
両親には、その場で連絡をして了解を取ってあった。
僕はまだ実家におり、勤め先への出勤もそこからしていた。
近いから都合が良いのだ。
ミィと名付けた猫を抱き抱えながら、自宅へと向かう。
途中、ペットショップがあったので、餌やトイレなど必要なものを買い揃えた。
「おかえりなさ〜い!あら、まぁ!野良なのにふくふくしちゃって。可愛いわ!さしずめ、我が家にアイドルが誕生したって感じかしら。」
母はミィの事をいっぺんに気に入ってくれた。
あとで父にも見せたが、やはり満更でもない様子。
確かにこの猫、可愛いのだ。

その日の午後三時。
僕にとってはおやつの時間。
僕の腹時計は正確なのだ。
時計なんか見なくても、大体分かる。
ミィは僕の部屋の窓辺の机の上で、ちんまりと寛いでいた。
隣には僕の携帯。
「ニャン♪」
ミーは僕の携帯に触れる。
遊びたいのだろうと思いボールを投げてみるが、見向きもしない。
ミーは何度も何度も、僕の携帯を触っていた。
するとーー。
「♪♪♪♪♪」
携帯が音を立てる。
見ると、静哉からだった。
恐る恐る出てみる。
静哉はいきなり告げた。
「やっと仕事が軌道に乗った。まだ駆け出しだけど、食えるようになった。遠恋で良ければ、付き合って欲しい。来週の土曜日の夕方、昔よく行った噴水のある公園で、待ってる。」
願ってもない事だ。
もう無理かと思っていた。
それだけに、嬉しかった。
遠恋でもいい。
彼氏として時折同じ空気を吸える、それだけでも十分だったからだ。
「うん、いいょ!必ず行くから!」
そう言って僕は、電話を切った。

翌日。
再会の日を明日に控え、僕は職場でそわそわしていた。
「どうされましたか、課長」
僕よりもだいぶ厳つい感じの年上の部下に怪訝そうな顔でそう聞かれて、僕はしどろもどろになるのだった。

そして、いよいよ再会の日。
空を見上げると、吸い込まれそうな、そんな気がして。
ちょっと怖かった。
雨上がりの空、雲一つない。
ただ胸がツンと痛くなる景色ばかりが広がる。
ふと首を下ろして前を向くと、以前と変わらぬ面影を宿した静哉が、一直線にこちらを目掛けて歩いて来た。

昔の事。
地面を蹴って、目の前の小さな丘に向かう。
二人して、肩で息なんかして。
まあるい地球の息吹を感じる丘のてっぺんへと、二人して駆け上がっていく。
そんな思い出。
懐かしい。
だから走ってみた。
またあの小さな丘へ。
思い出したのだろう。
静哉も駆け出した。

夕焼けの空がもう、耐え切れずに落ちていく。
昼と夜とが混ざり合い、溶け合って美しい。
時間さえ忘れて僕達はただ、空を見つめる。
「共に居よう、いつまでも居よう。」
どちらからともなく、そう誓った。
いつの間にか握った手の力を強めて、僕達は幸せだった。

その日は結局、実に久々に実家の僕の部屋に泊まる事になった静哉。
今日の夕食はしゃぶしゃぶだ。
「明日は日曜日。今晩はゆっくりしていくといいわよ!たくさん食べて頂戴ね。静哉ちゃん!」
母のこの言葉で、再会の宴はスタート。
皆黙々と、肉を頬張る。
大量の肉は見る間になくなり、母は食後にとフルーツを持って来るのだった。

食後。
僕は静哉と部屋に向かった。
「どれ位の頻度で逢えそう?」
気になっていた事。
静哉にぶつけてみる。
「毎月一度、泊まりに来るょ!うちの近所だと周りの目もあるから、その方が都合がいいんだ。」
まぁそれなら、何とかなりそうだ。
と言うのは嘘で、実際の所は、どうにかそう言い聞かせているだけだったのだが。
「ねぇ、朝方になったら、海に行こうょ!絶景スポット、知ってるんだ。」
僕は静哉に、あの海の話を振ってみる。
「いいね、行こう。」
「ニャン♪ニャン♪」
ミィ、僕の足にまとわりついて離れない。
「分かったょ、ミィも一緒に行こう。」
「ニャン♪♪♪」
ミィ、嬉しそうだ。

この晩、智樹から久々に連絡があった。
智樹もまた、貧しいなりに劇団員として生活出来ているという。
「今度舞台、観に来てょ」とメッセージにあったので、彼氏同伴で良ければと答えた。
近々、行く事になるだろう。
一時の事とはいえ付き合っていたのだから、あまり邪険にするのも良くないだろう、そう思ったのだ。
それに話を聞いているとこの舞台、結構、面白そうだ。
静哉も興味津々の様子。
きっと二人で、楽しめるだろう。

その晩、僕は静哉と初めて寝た。
人生で二人目の経験。
ミィの居る前でだったから少し恥ずかしかったのだが、猫だからまぁいいか。

海に着くと、朝焼けが見事だった。
水平線が見えて、その遥かな想いを静哉へと繋げる。
「ニャン♪♪♪ニャン♪♪♪」
ミィも喜んでいるようで、何よりだ。

僕達の関係は、まだまだ続く。
たとえひびが入りそうになっても、きっとこの場所で二人して海と空を眺めれば、元通りになるはずだ。
やっと手に入れた居場所。
もう離さない、そう誓って、隣の静哉にキスをした。
今日覚えたばかりの大人の味。
静哉との二回目のキスは、甘くて、切なかった。
素敵な思い出をたくさん作ろう、そしてずっと一緒に居よう、それが二人だけの約束。
大丈夫、僕達はこう見えて案外、粘り強いのだ。
空は僕達夢見る者達を上から見下ろすように、今日も高く澄み渡っていた。
何処までも続く一本道、きっと歩き抜こうと、二人で誓った。
とても嬉しい、記憶に残る、早朝の出来事だったーー。

お・し・ま・い

まさかのシリーズ三作目。
今回は猫は喋りません。
が、人間の話す事を何となく理解はしているという。
海のお話なので、猫が喋るという手は、今回は敢えて使いませんでした。
今回の登場人物達は、どちらかというと恋よりも夢を追い求めています。
うちの読み物の中ではこれは、比較的珍しいパターンかも知れません。
楽しんで頂けましたら、誠に幸いです。
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