ペン助・ペン太のほっこり劇場 [其の四]

季節は冬。
掘り炬燵を造った。
まぁそうは言っても、別に自分達は何もしていないのだが。
中庭の見える洋間を、和室に変えてもらっての事だ。
ついでに元々あったペアガラスを、より高価で性能の高い真空ガラスに替えてもらった。
それからは、我が家は結露知らず。
中庭のガラスで効果があった事に気を良くして、家中のガラスを真空ガラスに交換したのだった。
クリアなガラス越しにペンギンを眺めながら、お茶を片手にほっこりとしたひと時。
で、まぁ。
わざわざ銀座まで出向いて買った、丸福堂の羊羹がお茶受けなのだが。
目玉が飛び出る程に高いだけあって、それはもう美味しいのである。
これはもう、ある意味羊羹の域を超えている。

丸福堂の羊羹は元々、生きていた頃の両親が大好きだったんだよね。
夏場は水羊羹。
これもみんなで美味しく食べたっけ。
十二個入り六千円の一箱が、あっという間になくなったのを覚えている。
そんな訳で羊羹や水羊羹は、いつも買い置きがあった。

キャンベルのクラムチャウダーにロールキャベツ、ビフテキにマリネ、ドリアといったメニューの後で、杏仁豆腐と丸福堂の羊羹が出て来るといった事は、度々あった。
当時はそれが普通だと思っていたのだが、実は恵まれていたのだ。
両親には感謝だ。
今でも記憶に残る、それが思い出の一つだ。

さて。
今日は夏太郎が居ないのである。
毎月一回は、実家に一泊するようにしているのだ。
今日はその日。
こんな時は、つい昔の事を思い出す。
とは言っても僕の場合は、よくありがちなドラマティックなエピソードは何もない。
虐められていた訳でも、両親と軋轢があった訳でもない。
いや、だからこそ、両親が居なくなってしまった事のショックは、計り知れないものがあったのだが。
そんな時に、真っ直ぐな言葉で僕を励まし続けてくれたのが、ペン助とペン太、それに夏太郎だったのだ。
そう、夏太郎である。
可愛らしい顔をした、幼馴染み。
励まされて寄り添ってもらえて、それはもう、いっぺんに惚れた。
まぁ元々、仄かな好意は寄せてはいたのだが。
その気持ちにブーストがかかったのが、あの頃の事だったという訳だ。

僕と夏太郎、今年で二十一になる。
夏太郎は就職するらしく、これからが大変なのだ。
酔狂な事だ。
一方の僕はというと、それは実に呑気なものだ。
ペン助とペン太の面倒を見るために、専業主夫になるのだ。
それでなくとも、家が広すぎて掃除をしてもしても終わらない。
正直、お金には困っていないので、二人して働く必要は無いのだ。
まぁ掃除などは業者さんに任せても良いのだが、それでは勿体なさ過ぎる。
大体まだ学生なのに掃除も自分でやらないだとか、頭のおかしな話なのだ。
とはいえ敷地が三百坪程あるので、毎日掃除と食事作りに追われている感じではあるのだが。
その掃除にしたって、室内の床や壁はどこもかしこもトラバーチンなので、それはもう気を遣う。
掃除機なんか回さない。
床に傷でも付いたら、困るのだ。
使うのは、モップとダスキンなのである。
尤も今の所は、家の中の掃除は夏太郎の担当なのだが。

十二歳の頃。
淡い恋をした。
言うなれば、初恋である。
相手は、幼馴染みの夏太郎。
まだほんわかとした恋ではあったが、恥ずかしくて、夏太郎に恋をしているというのは、両親にさえ言えなかった。
そもそも男に恋をするとか、治療が必要なのではないかーー。
そんな事を考えて、思い切ってある日の夕食の際に、両親に思いの丈をぶち撒けたのである。

「父さん、母さん、実は僕、病気なんだ!」
「何だね、いきなり。どうした?」
「そうよ、ピンピンしてるじゃない。」
「違うんだ、僕、ホモなんだ。病院に行かないとーー。」

その時だった。
父さんはその大きな体で、僕の事をきつく、きつく抱き締めてくれた。

「ホモという言葉の代わりに、ゲイという言葉があるよ。これから大変な事も多いだろうけど、覚えておくといい。いつかきっと、役に立つから。ゲイは病気ではないよ。もちろん誰にでも明かしていい事ではない。ちゃんと、相手を見極めるんだ。恋、初恋かな?上手く行くといいね。父さんは応援してるよ。」

その言葉を聞いて、僕は父さんに抱き締められたままで号泣した。
一頻り泣いて、後ろを振り返ってみると母さんもまた
、ほろほろと涙を零していた。

こういう訳なので、僕の場合は余りにも恵まれていた。
それからも、この件で両親から怒られる事は決してなかった。
拒絶されていたら、場合によってはひょっとするかもしれなかった、それだけの、いわば決死のカミングアウトだっただけに、両親に恵まれた事は感謝してもし切れなかったのだ。

この辺りの事情は、夏太郎の場合も大して変わらない。
カミングアウトしたのは大学に入ってからだが、元女優の綺麗なお母さんである麗子さんは、そもそもそうした事柄にはオープンだったし、お父さんに至っては関心がないという始末。
まぁお父さんにしても、悪い事さえしてくれなければそれでいいよ、という考えなのだ。
みんな理解があるのである。
必ずしも都会とまでは言えない地方都市の中では、これは異例といってもいいかもしれない。
まぁどっちの両親もみんな、東京生まれの東京育ちだもんね。
夏太郎のお父さんにしてみれば、夏太郎がゲイだった事よりも、ペンギンに絨毯を糞まみれにされた事の方が、よっぽど腹立たしかったみたいだし。

僕には、弟が居る筈だった。
筈だった、というのは、流産したからだ。
暴走自転車に背後から突っ込まれて、転倒したのだと聞いている。
母さん、それで一時鬱になったみたい。
父さんが懸命になって支えていたらしい。
弟が居たら、楽しかっただろうな。
でも、その分も可愛がってもらえたのだから、僕は何も言えない。

それは、良く晴れた冬の日の事だったそうだ。
ちょうど、こんな日だったのだろうか。

十五歳の春。
青春真っ只中。
そんな僕だったが、クラスメイトの夏太郎に、引き続き仄かな恋心を抱いていた。
だが、間の悪い事にそんな僕へ、告白をする男の子が現れた。
名前は風馬。
何処か憂いを帯びた瞳の、スレンダーな二枚目だ。
風馬からの告白を受けて。
正直、タイプではなかった。
でも、友人としてなら、上手くやって行けそうな気がした。
だから僕は答えた。
「僕ね、今片想い中の好きな人が居るから、付き合う事は出来ないんだ。ごめん。でも、友達にならなれるょ!風馬君みたいな友達なら、大歓迎だょ!」
この答えに、風馬は苦笑しながらも握手で答えてくれた。

そこへ厄介な人物登場。
夏太郎である。
風馬は一瞬、悲しそうな目をした。
それはたぶん、夏太郎がやって来た瞬間に、僕の目の色が変わったからだろう。
自分でも、自覚はある訳で。
それはもう、嬉しいのだ。
不機嫌なのは夏太郎だ。
キッと風馬を睨み付ける。
その瞬間、風馬の目は諦観を帯びていた。
まぁ言ってしまえば、体型から顔立ちから、風馬は夏太郎とはまるで異なっていたのである。
似ても似つかない。
それでも、新しい友達が出来たのが嬉しくて、僕は弾む声を抑えながら夏太郎に話し掛ける。
「友達になったんだ、風馬君だょ。みんなで仲良くつるもうね、きっと楽しいからさ。」
だが、夏太郎の顔色は険しい。
「俺、こいつと居ても、たぶん楽しくない。俺とこいつ、どっち選ぶ?」
突然の夏太郎の問い掛けに、困惑する僕。
風馬は、一旦は踵を返したが、何かを思い起こしたのか、覚悟を決めた表情で、こちらに向き直った。
妙な緊張に飲まれそうな僕だったが、答えはもう既に出ていた。
「僕は、夏太郎がいい。」
僕は、小さな声にはなってしまったが、しかし決然と、己の意思を示そうとしてみせた。
それを聞いた風馬、背中を向けて手を振ると、改めて踵を返すのだった。
その背中が小刻みに震えていたのを、僕は見逃さなかった。
それからは、僕と風馬が会話をする機会は、なくなった。

今から思い返すと、互いの気持ちには鈍い僕と夏太郎の二人ではあったけれども、側から見ると、それはもう分かりやすかったようで。
この分かりやすさ、危険さを包み隠してくれた共通の友人、それが健司だった。
健司はバイであり、それを公言していた。
口癖は、「ま、いずれは結婚するけどね。」
顔立ちも成績も平凡、生まれ育った家も服のセンスも平凡。
何もかもが平凡であるが、バイであるという。
ゲイではない所がミソで、実際この時、健司には彼女が居た。
もう初体験も済ませたらしい。
早いものである。
で、そんな訳の分からないとも言われてしまいそうな健司とつるんでいる僕達二人は、まともに見えなくもなかったのだ。
耳目が健司に集まってくれるお陰で、僕と夏太郎の本当の気持ちが露わにならなくて済んでいたのである。
これには僕も夏太郎も、それぞれの心の中で健司には感謝をせねばならないのだった。
一方の健司も、ゲイではなくバイであり、彼女も居るという事で、辛うじて虐めのターゲットとはならずに済んでいたのである。
まぁどすけべの烙印は押されていたのだけれど。
どうせ男も女も取り混ぜて、酒池肉林の乱交でもしたいのだろう、みたいな。
これはまぁ、否定しない本人も悪かったのだが。

今から三年前になろうとしている。
僕の両親が亡くなった、あの日。
両親は、仕事の取引先の社長さんが所有するヘリに乗っていて、事故に巻き込まれたのだった。
搭乗していた全員が、空の星となった。

一報を聞いた時、涙は不思議と出て来なかった。
僕が泣いたのは、骨になった両親の変わり果てた姿を見た時だ。
号泣した。
暴れ出したい気持ちを抑え付けて、その場に崩れ落ちて咽び泣いた。

帰り道、付き添ってくれていた夏太郎が、声を掛けてくれた。
「お前は、亡くなったお父さんやお母さんの分まで、幸せになるんだ!今生きているって事には、必ず意味がある。俺で良ければ、どんな事でも力になる。ゆっくりで良いから、元気になれょ!約束だかんな。」
ありふれたフレーズではあったが、胸に沁みた。
この瞬間に、僕の夏太郎への気持ちは、一気に沸騰した。
そう。
この時の僕には、これ位の飾らないフレーズの方が良かったようなのだーー。

あくる日、独りで水族館に行くと、ペン助とペン太が声を掛けてくれた。
「あんまり気を落とすなょ。その分、お前が幸せになれば良い事だ。」
「学校はサボっちゃ駄目だょ。駄目人間になっちゃうからね。特にこんな時は、要注意。家に帰ってからはのんびりすると良いょ。夏太郎でも誘ったら?」
温かい言葉に、なんだか泣けて来たのを、良く覚えている。
それにしてもペン助の言葉からすると、もしかしたら僕達の気持ちに、この時から気付いていたとかーーそんな事も感じたのだが。
「うん、何となくは気付いてたょ。確証は全く持てなかったけどね。雪太の気持ちは初めて会った時からぼんやりとは分かっていたつもりだったし、いつだったか二人で来てくれたお陰で、夏太郎の気持ちもごく薄らとは読めたかな。本格的な念を使える程には餌をもらっていなかったから、出来た事といえばそれだけだったけど。」
うーん、恐るべしペン助、ペン太。
二羽のお陰で今は幸せなのだし、感謝してもし切れない。
まぁ、掃除は面倒だけどね。

それからも夏太郎やペン助、ペン太には、幾度となく励まされた。
その度に絆は深まり、特に夏太郎への気持ちは益々沸騰していった。

遺産は、巨額だった。
公正証書遺言が残っていて、かなりの額を僕が相続した。
親戚には良い人達が多く、揉める事はなかった。
たぶん、両親を一度に失った僕の気持ちを、慮ってくれたのだと思う。
もちろん僕の親類縁者には、お金に困っている人が誰一人として居なかった、というのも大きな理由の一つではあったろうが。
相続税は巨額だったが、現金保有資産が非常に多かった事もあり、どうにか家やその他の不動産、株などを売らずに支払えた。
尤も、株はその後高値の折に売却して、全て現金化してしまったのだけれども。
投資にはあまり向いていないという実感があったから、売却する事への躊躇いは、少しもなかった。

若干二十にして、リタイアメントライフ。
庭の掃除と料理くらい自分でやらないと、惚けるのである。
ちなみに家事の分担であるが、先にある通りで庭の掃除全般と料理が僕の担当。
家の中の掃除と洗濯が、夏太郎の担当。
広いのもあってそれぞれ、それなりに大変なのだ。
特にペン助とペン太の居る中庭の掃除は、骨が折れる。
まぁ餌遣りの特権があるから、やめられないのだが。
夏太郎が就職したら、家の中の掃除と洗濯も、僕がやるつもりだ。
まぁ適当にやるさ、そんなもの。

さて、今週末から週に一回、日曜日に夏太郎一家を夕食会に誘おうと考えている。
当面のメニューは焼肉とすき焼きの交互でいいだろう。
楽ちんだし。
今は冬だから、蟹鍋もいいかもしれない。
通販でカット済みのカニを売っているのだ。
山程買って蟹三昧というのも、ありだろう。

さて、一休みも出来たし、そろそろ中庭の掃除もしなければならない。
それが終わったら餌遣りだ。
「雪太ー!掃除しろー!」
「急げ!急げ!」
相変わらず、五月蝿いのである。
黙っていれば可愛いだけに、惜しい。
「今、五月蝿いとか思ったでしょー!」
相変わらずまるっと筒抜けだ。
「黙っていてくれたら、可愛いのー!今行くから、待っててー!」
これだからうちのペンギンは厄介だ。
「お前のような下等生物に厄介者呼ばわりされる覚えはないぞ!」
参ったな。
これではおちおち考え事も出来ない。
それに、そんな事で無駄に能力を使われてしまうと、餌代が嵩むので、やめて欲しいのだが。
まぁここは無心で掃除に励むしか。
寒い中デッキブラシで床を擦る。
ゴム手袋が防寒の役目も兼ねているのだが、それにしても寒い。
そういえば何かのドキュメンタリーで、デッキブラシの事をぼうずりと呼んでいた人が居たような。
ぼうずり、うちには似合わない呼称だ。
やはりここはデッキブラシという事で。

「そこ、汚れてるょ!」
「あいよー。」
「ここも!ほら、ほら!」
「ちょっと待ってて!」
よっぽど暇なのか、いつもこうして急き立てられる。
「暇じゃなーい!」
分かったょ、全くもう。

辛い中庭掃除の後には、嬉しい餌遣りタイムが待っている。
一度にたくさんの餌を運べるようにと、台車とより大きなバケツを用意した。
今日はそれの初お目見え。

「おぉ!見ろ!今日は一段と餌が多いぞ!」
「もちろん、お代わりもあるよね?」
「あいょ。」
「やったー!流石は雪太様〜!」

無心で、大量の餌をひたすら食べまくるペンギン達。
ものの五分で、バケツは空だ。
「早くお代わり〜!」
「あいょー。」

お代わりを持って行く。
ペンギン達、大喜びだ。
「雪太様、バンザーイ!」
「流石は雪太!今日は良い日だ!」

そういえば、最近連絡があって知った事がある。
昔近所にあった、今はなき水族館の、元館長さんによる話なのだが。
それによるとペン助とペン太、普通のマゼランペンギンよりもだいぶ長生きをするらしい。
念で病気を自己治癒する事が出来るからだそうだ。
下手をすれば人間よりも長生きするとか。
僕達ひょっとして、こいつらに看取られるのか?
何だかそう思うと、複雑だ。

一週間後の週末がやって来た。
今日は夕食会の日。
メニューは蟹鍋。
食いしん坊が雁首を揃える事になるので、蟹は山程用意した。
それにしてもカット済みとは、実に便利である。
僕が自分でカットした訳ではないのだから、潔癖症の夏太郎のお父さんにも、お誂え向きだろう。

これから夏太郎が我が家のミニバンでお父さんとお母さんを迎えに行く。
良い機会だから、丸福堂の羊羹をお土産に持たせてやった。
「や、別にいいのに。」
「いいから、いいから。さ、行った!」

程なくして夏太郎一家、三人総出で我が家に到着。
「やぁ雪太くん。世話になるね。」
「何が出て来るのかしら?楽しみだわー。」
「うぃっす!」

鍋なので、新設したばかりの和室で頂く。
「あら、蟹がたくさん!」
「気張ったねぇ。それにしても、良い和室だ。ところでそこの蟹、カットしてあるけどそれは誰が?」
急に不穏な空気が流れる。
でもそこは抜かりない。
「業者です!別に僕は触れてませんから!大丈夫ですょ!」
「そうか。それは良かった。それなら安心だ。」
相変わらず失礼な人だ。
そう思っていると。
「帰れょ、親父。」
「そうよ、あなた独りでカップ麺でも啜りなさい。そうよ、そうなさい!」
二人からの攻撃に遭って、流石の夏太郎のお父さんも意気消沈。
ちなみに夏太郎のお父さん、本名は堅吾と言うのだとか。
予想通りと言うべきか、名前までちょっぴり堅苦しい。
それにしても堅吾さん、二人の攻撃にタジタジだ。
言い訳も珍しく吃っている。
良かった。
ざまあみろ。

と、ここで異変が。
何だか焦げ臭い。
台所を見に行くが特にこれと言って異常はない。
はて、どうしたものか。
これは何の臭いだろう。
そんな事を考えながら首を捻っていると。
夏太郎が一言。
「外じゃねぇの?」
外の庭に出て様子を伺うと、煙がもくもく。
お隣さんが、燃えている。
一大事だ。
鍋どころの話ではない。

「みんなたいへーん!お隣さんが火事だょ、逃げてー!」
だがこんな時だというのに、夏太郎は鍋を守るのに必死だ。
気持ちは分かるが、非常事態なのだ。
「そんなことより早く、逃げなきゃ!」
「具材を冷蔵庫に入れておけば、後で鍋が出来るだろ?まだ具材はまるっと残ってるんだからさ、捨てるなんて勿体ない。大丈夫、ここまでは燃えないから。」
呑気なものである。
「鍋の安全は確保出来たわね!さ、通帳と実印、有価証券の類を持って避難よ!」
麗子さんもこの調子。
焼け死んでも良いのか?
死んで花見が出来るものか。
阿呆らしいが一応、寝室のクローゼット内の金庫から金目の物を持ち出して、ペン助とペン太も連れ出して避難。

でもまぁ実は、うちが燃える心配は殆どないんだけどね。
そもそも壁を接していないし、うちは鉄筋コンクリート造だ。
木造よりも耐火性能は高いのである。
で、出火元と、うちの反対側のお隣さんが全焼して、鎮火した。
幸い、犠牲者は居なかった模様。

ここで二羽に質問。
「ねぇ、何で火事を食い止めなかったのさ。」
「火の回りが早すぎて、気付いた時には手遅れだったのー!何でもかんでも、当てにするなー!」
「大体お前は、誰のお陰で全員怪我もなく無事で居られたと思ってるんだ!少しは感謝しろ!」
これは、反省。
「ごめんね、ペン助、ペン太。」
頭を撫でてやる。
「分かればいいょ。」
「そうだな。まぁ許す。」
機嫌を直してくれて、良かった。

十二年前。
僕と夏太郎と三人でよくつるんでいた、吉太君が空の星になった。
家が火事になったのだ。
煙を吸って、事切れたらしい。
一家全員、可哀想な事になった。
まだ色恋沙汰とは無縁の年頃だったが、どことなく子役モデルのような可愛らしさを持った子供だったと記憶している。
彼が今も生きていたら、僕達を巡る恋模様も、或いは違っていたのだろうかーー。

火事は怖い。
今回の火事でも、一番取り乱していたのは、僕だ。
今思うと、情けない。
よく考えてみたら、お隣さんとの間にはそこそこ幅のある庭があったから、余程の事でもない限り燃え移るとは考えにくかったのだ。
床も全面、燃えにくい石のタイルだし。
芝生ならばともかく。
過去の記憶が、僕を過剰に反応させたのだろう。
でもまぁお隣さんが火事だなんて、普通みんな慌てるよね。
仕方ないのさ、そう言い聞かせて、とりあえず落ち着く事にした。

警察官には事情を聞かれたが、お隣さんの出火元が台所であるのは一目見て分かったようで、それは簡素なものだった。

今回の火事では、やはりというべきか、我が家には何の損害もなかった。
タイル張りの壁面も、変色なし。
どうやら取り越し苦労だったようで。
色々、心配して損した。

戻ると、鍋が待っていた。
すっかりお腹が空いてしまっていたから、ここは鍋を守ってくれたみんなに感謝かな。

で。
みんな黙々と蟹を頬張る。
カット済みなのに。
量が多いのもあるだろうが、何もここまで無言になる必要もないと思うのだ。

食後。
「今日はありがとう。それじゃ、また来週。帰りは散歩がてら歩いて帰るから、車はいいよ。」
「次も楽しみにしてるわ!また来るわね〜!」

二人が帰って、ほっと一息。
「そろそろ寝ような。」
「うん。」
寝室へと向かう僕達。
そこへ背後から。
「逃げるなー!腹減った。餌ー!」
「餌くれないとこの家もろとも木っ端微塵にする!」
やれやれ、相変わらず物騒な事で。
この家もろとも木っ端微塵って、それペン助やペン太も無事では済まないのでは?なんて考えていると……。
「いいから餌ー!」
「いいから餌ー!」
見事、ユニゾンである。
それにしてもこいつら、お腹が空いたらいつでも餌を要求するとか、邪悪ぶりが半端ではない。
餌なら少し前にやった気がするのだが。
「邪悪とは何だ、邪悪とはー!」
「さっきの火事で念をいっぱい使ったのー!腹減った、餌ー!」
はいはい、分かりましたょ、と。
山盛りの餌の入った特大バケツを台車に載せて、中庭まで移動。
「待ってました、雪太様〜!」
「お代わりもよろしく!」
こいつらは一体、どれだけ食べれば気が済むのだろう。
恐ろしい。

翌日。
ペン太の具合がおかしい。
アスペルギルス症に罹っており、医者曰く手の施しようがないとか。
「俺はもう助からない。病気が進み過ぎて自己治癒力がなくなっている。俺とした事が迂闊だった。雪太、夏太郎、ペン助を頼んだぞ。」
「僕が代わりに念で治すから、そんなこと言うなー!置いてくなー!」
ペン助、号泣である。
僕達も、涙が止まらない。

その日一日中、時折餌を食べて燃料補給をしながら、ペン助は付きっ切りでペン太に念を送り続けていた。
僕達も固唾を飲んで、その様子をじっと見守っていた。

翌朝。
ペン助の努力の甲斐あってーー。
ペン太は元気になっていた。
二羽とも無事とあって、喜ぶ僕と夏太郎。
が、喜びも束の間、驚くべき事態が発生していた。
ペン助もペン太も、喋れなくなっていたのである。
もちろん、念も使えない。
僕と夏太郎、揃って号泣したーー。

それ以来、餌が少ないと体当たりしたり羽で叩いたり奇声に近い鳴き声を放ったりして、今までとは違った形で猛抗議をするようになった二羽。
飛び蹴りに近い攻撃もあったりして、あぁ、やっぱりこいつらはペン助とペン太なんだな、と納得した。
堪らないのは相変わらずだが、だからこそ愛着も湧くというものだ。
食べる量は、以前の一番多い時と比べても、さらに大幅に増えていた。
フンもその分増えるので邪悪極まりないが、そこに希望の光のようなものを見い出した僕と夏太郎は、気長に復活を待つ事にした。

相変わらずフンはその場で垂れ流しなので、掃除をする方は大変だが、そんな事でもこいつらは紛れもなくペン助とペン太なんだ、そう実感出来たから、手を抜かないでやろうと決意する事が出来た。

それから一ヶ月後。
ペン助とペン太の力の事は、何となく忘れかけていた、そんな頃。
中庭に面した掘り炬燵で、夏太郎と二人してうつらうつらとしているとーー。

「雪太ー!早く餌持って来ーい!」
「早くしないとドロップキック百連発だぞー!」

元の賑やかな日常が、突然戻った。
あまりに突然だったので僕は衝撃で、頭の中が真っ白になった。

「ペン太の病気で念を使い過ぎちゃってさ。だいぶ復活して来たペン太と二羽でどんどん治療していったら僕達、そのせいで一時的に喋れなくなっちゃったの。ペン太は瀕死だったし僕は一羽きりでそれをどうにかしなきゃいけないしで、大変だったー。あのクソジジイの時はペン太も元気だったからどうにかなったけど、今回はきつかったょ。でももう大丈夫。だから餌ー!」

涙が止まらないが、催促されているのだ。
急がねば。
この時ばかりは、僕と夏太郎の二人で餌遣りだ。
もちろん、出血大サービス。
「おぉ、いつにも増して今日は餌が多いぞ。」
「雪太、夏太郎、最高ー!」
そんなペンギン達を前にして、笑みを零しながら互いの顔を見つめ合う僕達二人。

ペン助とペン太は、それからもすっかり元気で、僕達を困らせ放題。
でもあの二羽にはその方が良く似合うーー。
そう思えたから、僕はこれから先もずっとずっと、ペン助、ペン太と一緒に居ようと思う。
夏太郎も、もちろん一緒だ。
夏太郎には、何より笑顔が良く似合う。
みんなで笑おう、そう言って僕達は絆を深めた。
僕達二人と二羽の幸せな生活は、まだまだ終わらない。

お・し・ま・い

時間は掛かりましたが、書いていて楽しいお話でした。
良くも悪くも、淡々としたお話になったとは思います。
雪太も夏太郎の実家もいわゆる庶民ではありませんので、鼻につかないようにというのは気を付けました。
自分が庶民なので庶民のお話の方が書き易いのですが、さもしい雰囲気が出る恐れがあり、ほっこりを旨とするこのシリーズでは、敢えてこうした設定にしました。
庶民には大飯食らいのペンギンなんて飼えませんしね。
肩の力を抜いて書いた本作、どうぞお気軽にお楽しみ頂ければと思います。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
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