三毛猫と白猫 [其ノ漆]

夜、林の中で独り。
少しばかりの恐怖を感じつつ、道なき道を進む。
ハイキングで道に迷った。
いわゆる、遭難である。
何かあった時の為にと古めかしい懐中電灯は用意してあった。
点けると蛾が集まって来て鬱陶しい事この上ないのだが、ここは仕方ない。
我慢だ。
思えば、甘く見過ぎていた。
地図さえも持って来ていなかったし、軽装備にもほどがあったのだ。
頼みの綱の携帯も、バッテリー切れ。
懐中電灯を持って来ただけでもまだましだった位だ。
夕方になる前に実家に帰るつもりでいたので、薄着である。
肌寒いのが堪える。

クラスメイトの間で、どういう訳だかアウトドアアクティビティが流行っていた。
友達らしい友達といえば一人位で都合が合わず、他には特に誘う相手も居なかったが、独りであっても一度位は体験してみたかったのである。
今回、軽装備だったのには、油断していた事の他にも、理由がある。
まだ高校三年生。
あれこれ買う程のお金がなかったのだ。
かくして、無謀なチャレンジは行われたのである。

クリームシチューを食べながら、物思いに耽る、とある青年。
「どうしたの?食事中よ。冷めると美味しくないから、早く食べちゃいなさいね。」
母親のそうした声のお陰で、意識は目の前の食卓へと向かった。
青年の名は駿一郎。
もともと妄想癖がある事に加え、長らく抱いている初恋の相手への想いもあり、こうした事はしばしばだった。

食事を終え、自室に戻った駿一郎。
想い人が遭難している事など知る筈もなく、ダラダラとテレビを観て過ごす。
今日は祖母の法事だった。
せっかくの想い人からの誘いを断らざるを得ず、残念だったと思う駿一郎。
だがまぁ、仕方ないのだ。
それは駿一郎も分かってはいた。
遭難している想い人は、名を悠介といった。
駿一郎は悠介と学校で会うのを、楽しみにしていた。
元々友人ではあるので会話はもちろんするのだが、見ているだけでも幸せだった。

三毛猫は焦っていた。
白猫を引き連れて林の中へと入って行く。
お世話になった悠介が遭難している事を知り、助けに来たのだ。
三毛猫は持ち前の能力を使って頭の中で悠介の映像をロールバックしていくのだが、暗い林の中での事、場所の特定には至らなかった。
仕方ないので、白猫と二手に分かれて、捜索を開始する。
それは一見不毛な作業のようにも思えたが、案外あっさりと発見する事が出来た。
何の事はない。
悠介は林の出入口付近をうろうろとしていたのである。

三ヶ月前の晩。
暴走バイクに轢かれて、三毛猫は瀕死の重傷を負った。
それを助けたのが、悠介達一家だったのだ。
人通りの少ない道路の片隅で血を流して横たわる三毛猫を見て、悠介は直ちに家に連絡。
母親の運転する車で動物病院へと急行したのだった。
そんな事もあり、悠介達一家の者は皆、三毛猫が喋れる事を知っている。
三毛猫、最初は驚かれたが、すぐに受け入れてもらえたのだった。

暗い夜道。
三毛猫が悠介達一家と出会うよりも、少しだけ前の事。
三毛猫は道路の端を白猫と歩いていた。
二匹共、お腹が空いていた。
そこへ駿一郎がやって来た。
三毛猫が話し掛ける。
「ねぇ、駿一郎さん。私達お腹が空いているの。力が弱まっているから、少しの間でいいので餌をくださらない?お礼はするわ。元気になったらあなたの小さな願い事、三つだけ叶えてあげる。」

駿一郎の想い人である悠介、それは彼にとっては長年に亘る初恋の相手だった。
悠介とは幼馴染みだったが、その頃から今までの間ずっと、想いは告げられずにいた。
一生、胸の内にしまっておくつもりだった。
両親には恋の相手については一切告げておらず、そもそもそれが他人とは違う事を、駿一郎は認識していたからだ。
ましてや駿一郎の両親は少し保守的な所がある。
面倒な話になる事を警戒してもいた。
そんな中でのこの話。
猫が喋るとは驚きだったが、何となく風の噂には聞いていた。
まさに渡りに船だったーー。

駿一郎の実家はマンションであり、規約によりペットが飼えない。
仕方ないので、小さな公園の茂みに居てもらう事にした。
少しの間ではあったが、毎日欠かさず餌をあげた。
毛並みが良くなかったので、なけなしのへそくりをはたいてグルーミングしてもらったりもした。
そして、いよいよ三毛猫旅立ちの日。
三毛猫が三つの願い事を聞いて来たので、駿一郎はこう答えた。
「悠介と末永くお付き合い出来る事、両親がゲイについて理解してくれる事、将来仕事に困らない事、この三つ。よろしくお願いします。」
願いを聞き届けると、三毛猫は走り去って行った。
その三毛猫の名前は、ミミ。
「ありがとう、駿一郎さーん!」

それから程なくして。
駿一郎の願いを叶える間もなく、ミミは動物病院の手術台に横たわっていた。
本来ならば助からなくてもおかしくない傷だったのだが、喋る猫は自己治癒能力が高い。
それもあって、何とか一命は取り留めた。
「猫ちゃん、よく頑張りました。助かったのは奇跡です。どうかゆっくり、静養させてやってください。」とは、医師の言葉である。

それ以来、ミミはしばらくの間、悠介達一家の一員となった。
「ミミ、さぁおいで。餌だょ。」
「ありがとう、悠介さん!このお礼は必ずするわ!」
微笑ましい、猫と人間のひと時。
だがこの時、ミミの世話をしていた悠介達一家には、ひたひたと暗い影が忍び寄って来ていたーー。

東京近郊の茂みの中。
そこは不良猫達の溜まり場となっていた。
不良猫達は人間とは会話が出来ないが、同じ猫となら可能である。
三毛猫でも白猫でもない不良猫達だが、地球に落下した隕石の中に含まれていた黒秘岩の影響を微弱に受けて、知能が発達していたのだ。
「ミミの奴、人間に助けられて命拾いしたとか。悪運の強い奴だ。」
遡る事、一年前。
人間の子供を虐めていた不良猫達に出くわしたミミは、一喝する。
虚をつかれた不良猫達は、怯んでしまった。
そこへ子供の両親がやって来て、その場はそれで丸く収まったのだが。
その件でミミは不良猫達から、逆恨みをされるようになってしまった。
「とにかく今はチャンスには違いない。力が弱まっているからな。ミミの奴、何としてでもとっちめないと。匿っている家族も、ただでは済まさん!野郎共、行くぞ!」
ボスの一声で、数十匹の獰猛な猫達が雄叫びを上げた。
「うぉーっっ!!」

いち早くこの事態を察知したのは、力が弱まっているミミではなく、同じ三毛猫仲間のモモだった。
何とか食い止めねば、そう思ってテレパシーで仲間を集めるモモ。
だが、数が足りない。
このままでは悠介達やミミを守れない。
モモはある策を胸に、悠介達の元へと駆け付けた。

その頃、不良猫達の群れは、大挙して悠介達一家の元へと押し寄せようとしていた。
モモに残された時間は、少なかったーー。

モモは叫んだ。
「悠介さん、開けて!」
幸い、この日は日曜日だった。
程なくして悠介が玄関扉を開ける。
すかさずモモは事情を説明する。
モモは悠介達一家三人の共通の願い事を、一つだけ叶えるのだった。
それは、不良猫達が人や他の動植物に危害を加える前に、人間の手によって追い払われるように、との事だった。
間一髪だった。
地元住民多数からの通報を受けて、警察までもが乗り出して猫を捕獲したのだ。
悠介達一家三人の願いによって、不良猫達の力が大幅に弱まっていた事も、功を奏した。

捕獲された不良猫達は、凶暴だった為に保健所へと連れて行かれた。
引き取り手があったかどうかは、定かではないーー。

モモは悠介の計らいで、久し振りにミミと対面するのだった。
「モモ、ありがとう!助かったわ。力が弱まっていたから、この事態に気付いたのもついさっきなの。お礼は今度必ずするわね!」
「あらミミちゃん、お礼なんていいのょ。それより身体、早く良くなるといいわね。応援してるわ!」

その後、一人でハイキングに行って遭難した悠介は、ミミと白猫ララによって発見され、無事に帰宅した。
戻ってから母にこってり絞られたのは、言うまでもない。
それは朝晩の冷え込みが厳しくなって来た、秋の事だった。

季節は流れ、春。
悠介と駿一郎は揃って、高校卒業の日を迎えていた。
二人共に卒業後は就職する事になっている。

悠介達一家の願い事はモモが既に叶えていたが、改めてミミが叶えてやる事にした。
特別なのである。
悠介は、この先最低限のお金に困らないように、健康で居られるように、素敵な恋が出来るように、との願いをしたのだった。
悠介はこれまで意識はしていなかったが、上手い事に駿一郎の事は結構タイプだったのである。
駿一郎の願いの事もあるので、ミミは悠介と駿一郎とを結び付けたのだった。
告白は悠介から行われた。
駿一郎は、泣いていた。
感無量だったのだ。
泣きながら黙って頷く駿一郎を、抱き寄せる悠介。
二人は、幸せだった。

実はこの時までミミは、悠介達一家の元で暮らしていた。
再び願い事を叶える旅へと、出る事にしたミミ。
悠介達一家とは一旦お別れ、の筈だった。
だが、平和な日常を切り裂く悪事が、不良猫達の残党によって企まれようとしていたーー。
数が多過ぎてモモの力が届かなかった猫達が、数匹程居たのだ。
不良猫達の残党の最初のターゲットは、悠介の母だった。
それを察知したミミ、モモに応援を頼んで企みを阻止すべく動き出す。

「兄貴達が居なくなったのはあの三毛共のせいだ。復讐せねばならん!皆の者、異存はないな!」
「うぉーっ!」
三毛猫と不良猫との、最後になるかも知れない戦いの火蓋がまさにこの時、切って落とされようとしていた。

ミミとモモ、買い物に出ようとして玄関先に居た悠介の母にまとわりつく。
「あらあらミミちゃん、モモちゃん、どうしたの?一緒にお買い物、行く?」
「うん!」
こうして二匹はとりあえず、悠介の母の護衛に就く事に成功する。

悠介は駿一郎を連れて、不動産屋巡りを始めていた。
もうすぐ就職。
二人共地元の企業に就職するのだが、二人で暮らしたいので物件を探していたのだ。
聞けども聞けども、見つからない。
でも二人は、諦めなかった。
探し始めてから三日目、十二部屋目の問い合わせでようやく、男同士で住める物件を探し当てる事が出来た。
ここは地方、難しいのである。

悠介の初恋は、小学校時代にまで遡る。
駿一郎と知り合う、少し前の事。
クラスメイトの男の子が、相手だった。
丸顔で、ふくふくとした体つきが愛くるしかった。
告白しようと思った、何度も。
でも、そもそも恋愛に目覚めているのかさえも分からない相手に告白など、結局の所は出来る筈もないのだった。
諦めた時は、わんわん泣いた。
お陰でその時に、自分がゲイである事も両親に知られてしまった。
そんな悠介に、両親は優しかった。
お陰で悠介は、ひっそりと立ち直る事が出来た。
悠介は知らないままだったが、初恋の相手は異性愛者だったーー。

いよいよ悠介と駿一郎との共同生活が始まる。
二人は、期待に胸を膨らませていた。
そんな折、急報が入る。
スーパーの店内で猫に飛び掛かられた悠介の母が、倒れたというのである。
スーパーに着くまではミミとモモのお陰で安全だった悠介の母だったが、普通に考えてミミとモモは店内にまでは入れない。
それどころか、入口付近に居るだけでも店員に追い払われてしまう。
そこが盲点だった。
一目散に店内に駆け込む不良猫の残党を食い止める事が、二匹には出来なかったのだ。

三日後。
病室のベッドサイドで語り明かす、悠介と駿一郎。
幸いな事に悠介の母は、怪我はしたものの大事には至らなかったのだ。
不幸中の幸いである。
不良猫の残党は、保健所行きとなった。
母は寝ている。
「転校して来た時は、よく分からない奴だと思ったょ。でもすぐに仲良くなったんだよね。」
「そうそう。」
駿一郎は小四の時に悠介の通う学校にやって来た、転校生だった。
いじめられっ子だった悠介は、転校して来たばかりの駿一郎に助けられる事となる。
駿一郎、普段は優しい顔付きなのだが、怒ると般若のようになるのだ。
喧嘩にも自信がある。
それはもう、威圧感満点である。
それ以来、二人の友情は確固たるものとなった。
しかし、友情を壊したくないが為に悠介は、駿一郎を恋愛の対象としては遠ざけていた。
その為に、長きに亘って駿一郎の片想いが続いた。
「夏、一緒にプールに行った時、溺れそうになったのを助けられたんだよね。」
「よく二人で泳ぎの練習に行ったね。」
悠介はかなづちだった。
スポーツ万能だった駿一郎とは、好対照だった。
それでも、辛抱強い駿一郎の教えによって、その後どうにか泳げるようになるのである。
ある日、小五の頃。
水泳の授業で、飛び込みの練習があった。
まだ授業での飛び込みが禁止される前、昔の事である。
生まれて初めての事。
悠介、足が竦む。
「頑張れー、悠介!」
駿一郎の声援。
覚悟が、決まった。
「よーし、行くぞ。」
誰にも聞こえないように、小声で。
「パーン!」
皆、それぞれの個性を持った弧を描いて、水面に飛び込んでゆく。
悠介もまた、勇気を内に秘めた弧を描いて、飛び込んでいった。
結果、25m完泳。
この日を境に、悠介は水泳の腕がめきめきと上達するのだった。
高校に入学した頃には、プールで足を付かずに2kmを泳げるまでになっていた。
泳げなければ落ちこぼれ。
必死だったのだ。
勉強では、駿一郎は悠介に助けられる事が多かった。
元々万事に器用な駿一郎だから、悠介の助力もあって、成績は緩やかに上昇していった。
成績の低めだった駿一郎だが、中三の頃には頭の良い悠介と並ぶ程になっていた。
お陰で、同じ高校に進学する事が出来た二人。
受験勉強は、悠介の部屋でいつも一緒にやっていた。
悠介の母が作ってくれるラーメンが、駿一郎の楽しみでもあった。

今日は悠介の母は疲れているようだ。
起こさないようにそっと、病室を後にする二人なのだった。

悠介の両親も駿一郎の両親も、我が子には大学を出て欲しかった。
だがどちらの家も決して、裕福ではない。
それを知っていたから、悠介も駿一郎も就職の道を選んだ。
奨学金制度を利用するのは、気乗りがしなかったのだ。
万が一の際の取り立てが、怖かった。
就職という道を選んだのは、学年の中では、非常に稀有な存在だった。
就職活動は上手く行った。
悠介は頭の回転の良さが評価されて、中堅企業の事務職の仕事を得た。
駿一郎はタフなところが社長に気に入られて、中堅の物流関係の企業に就く事が出来た。
二人共、ミミやモモとは離れ離れになっていた。
猫達は再び、旅の暮らしに戻ったらしい。

昔の話。
家族で、祖母の家に行った。
悠介が中一の頃。
駿一郎も誘って、一緒だった。
夜。
蛍が、舞っていた。
縁側に座って、庭の池の蛍を見入る。
隣には好きな人、駿一郎にとっては至福の時間だった。
夏の忘れられない、掛け替えのない思い出となった。
この事がきっかけで、駿一郎はますます悠介を好きになっていったのだった。

その頃から実は、駿一郎の両親は我が子が同性愛者である事に、薄々感づいていた。
カッとなりやすい父親は、一瞬将来の勘当も考えたのだが、それでも我が子、見捨てられなかったのだ。
ミミの力ももちろん、働いていた。

そこから時は流れて、二人は二十代半ばに突入しようとしていた。
薔薇の花束と“結婚指輪”を持って、悠介は駿一郎の元へと駆け付ける。
着慣れないジャケットを着て、見た目はすっかりお上りさんだ。
でも、駿一郎にとっては、その気持ちが何よりも嬉しかった。
道の真ん中でハグをする。
流石にキスは恥ずかしくて出来なかったが。
二人、“同性婚”をするのだ。
結婚式は行わないが、ちょっとしたパーティーは悠介の実家で開く事にした。
当日、両親や気の置けない仲間に囲まれて、二人は喜びの中にあった。
ミミとモモも駆け付けてくれた。
喋る猫を初めて見る人も居て、大いに盛り上がった。

あれからまた引っ越した。
新居での新生活。
やっと見つけた、二人にとっての理想の部屋。
ついに分譲マンションを買ったのだ。

もちろん、末永く住むつもりだ。
幸い収納はそこそこある。
ゲイである事を認めてくれた両親の為にも、この場所で末永く共に暮らそう、そう思っていた。
特に駿一郎の両親にとってそれは、断腸の思いだったのだから。
それが、二人で決めた唯一の事。
二人の絆は固いのだ。

まずは自分達二人が幸せになる事、それは何よりも大切な事だ。
余裕がないと、他者への気配りなど出来ようもないからだ。苦労して手に入れた共同生活、誰にも渡してなるものか。
そう誓って、二人は今朝も仕事に出掛けるのだった。
これから、たくさんの楽しい思い出が出来たらいいな、そう思えたから、今日も満員の通勤電車に乗り込むのが、苦にならない。
お互いに、出逢えて、良かった。
本当に、良かった。
そう心から思っていた。
帰ったら、今日はご馳走だ。

-完-

久々の三毛猫と白猫、シリーズ第七弾です。
今回は、以前の話でちょい出をしたモモが活躍します。
時間は掛かりませんでしたが、書くのは結構大変でした。
また例によって、アラがないといいけれど。
兎にも角にも、楽しんで頂けましたら幸いです。
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