三毛猫と白猫 [其ノ伍・番外編]

「さ、行こう。駆け落ちみたいだけど。」
その時、君の目が輝いた。
僕が取り戻したのは、君のハートだった。
使ったのは、精一杯の笑顔。
失くした時間は、三年間。
もう一度、やり直せるか。
勝負だ!

[Part 1 : 語り・信太]

高校の卒業式。
卒業証書を受け取った僕は、隙を突いて圭の元へと駆け寄る。
このまま、駆け落ち同然で上京するつもりだった。
親や先生の目を潜り抜けて、一目散に二人の実家へーー。
それは、荷物を取りに行く為だった。
が、留守番の者の抵抗に遭い、持ち出せたのは二人の財布だけ。
圭の祖父母なんて、見境なしに文庫本を投げ付けてきた。
どうかしている。
でも、それでも良い、そう思った。
二人でなら何とかなる、そう信じていたからだ。
連れ戻されないためにも、駅まで必死に自転車を漕いだ。
何故だか、気分は高揚していた。
三年間、変わらず待っていてくれた事への、心からの感謝。
涙で視界が歪む。
でもそんな悠長な事も言っていられない。
車で連れ戻しに来るかも知れなかったからだ。
僕達は、途中小道や路地も使いながら、駅まで急いだ。
昨晩読んだ時刻表によると、もうすぐ上り列車が到着する。
どうにか、間に合った。
改札を抜けて電車に飛び乗る。
これで圭と、また一緒に居られる。
せっかく受かった大学はこれで棒に振るだろうが。
それで、良かった。
ポーカーフェイスを保とうとしたが、無駄だった。
とめどなく溢れ出る笑顔。
それを見た圭もまた、喜色満面だった。

電車を乗り継いで、東京へ。
次第に圭の表情が固くなってゆく。
気持ちは分かる。
何せ、失敗するわけには行かない。
後がないのだ。
東京に着く頃には、あれだけ話していた僕達は、無言になっていた。
そして、新宿駅東口前ーー。
僕達は、三年ぶりに抱き締め合った。
言葉は、要らなかった。
ただ無言で、嗚咽を漏らしていた。
やがて僕が泣き止んでも、圭は泣くのを止めない。
可愛いな、そんな事を思いながら、圭の手を引き、東口を後にするのだった。

そして、とりあえずの寝床を探しに、街をふらつく。
程なくして、一軒のネットカフェが視界に入った。
今夜は、ここで良いだろう。
とは言っても、まだ夕方前。
だが、やむを得ない。
時間は早いが、疲れていたのだ。
精神的にやられている。
肉体以上に。
会員証を作り、コースを選んで、ブースのカードキーを受け取る。
料金はちょっと高いが、仕方ない。
エレベーターで移動し、ブースの中に入る。
デブ二人にはちょっと狭いが、今の僕達には、この位の距離感が丁度良い。
横になると、自然と睡魔が襲う。
手を繋いで。
夢見心地で、意識が消えるーー。

ーーブー。ブー。
携帯の着信を示すバイブ音が響く。
圭の携帯だ。
圭は慌てて目を覚ますと、着信をしてスピーカーフォンに切り替える。
電話口の相手は、言いたい事を言っていた。
僕は母親の所有物だったらしい。
人の人生を何だと思っているのか。
腹立たしさだけが、最後まで残った。

[Part 2 : 語り・語り部]

場所は奥多摩。
三毛猫と白猫が多く棲む洞穴。
「ねぇミミ。あなたがお世話になった人のね。お友達とその恋人さんが今、ピンチらしいよ。」
「そうそう。圭さんと信太さん、だったはず。確か。」
「助けてあげたら。偽装結婚の危機らしいよ。」
白猫三匹が次々とミミに話し掛ける。
「そうね。圭さんのお友達には、私随分とお世話になったの。恩返ししなくちゃ。あの子達が行きそうな場所を教えて頂戴。すぐに向かうわ。」
ここでミミと同じく特殊な能力を持つ三毛の野良のモモが言う。
「いざとなったら私を呼んで!飛んで行くわ。」
「静養中なのに……。有難う、モモ!でも大丈夫。意地でも助けるわ、あの二人。遠くから見ているだけで、ジンとくるのよ。」
「気を付けてねー!ミミー!」
「モモ、ララ、留守をお願いね。みんなの面倒、大変だろうけどよろしくね!」

ミミは辺りを警戒しながら洞穴を出ると、一目散に駆け出した。
まずは大通りへと向かう。
「偽装結婚だなんて、良くないわ。何とかしなくちゃ。」
焦るミミ。
大通りに出ると、ミミは大型トラックやバスの運転手達に呼び掛けた。
ミミはこれまでに何百人もの大型トラックやバスの運転手達の願いを叶えてきた。
早速反応がある。
とある大型トラックの運転手が、ミミの願いを聞いてくれたのだ。
白猫によると、圭と信太は、新宿の歌舞伎町沿いの大通りを明日辺りに通るらしい。
大型トラックの運転手は、丁度東京方面に向かうらしく、ついでに新宿近辺まで運んでくれるという。
車内で。
「お久し振りね、康孝さん。奥さんと息子さんは、元気?」
「おぅ。お陰様でな。元気過ぎて困る位だ。」
康孝は声を上げて笑った。
康孝の息子は、今年で一歳。
本来ならば、生まれて来る筈のない子供だった。
康孝の妻は路上の小石に躓いて転倒、息子を流産する筈だった。
その危機を救ったのがミミだったのだ。
リストラに遭った康孝の次の仕事を決めたのも、ミミだった。
そのようにして築かれたミミと康孝の絆は、容易には壊れない。
ミミは何百人もの運転手達と、そうした固い絆を築いてきたのだ。
その数は、これからもどんどん増えて行く事だろう。
ミミはまだ若い。
時間はたっぷりあるのだ。

[Part 3 : 語り・語り部]

その昔。
日本列島に隕石が落下した。
その隕石には特殊な性質が備わっていて、黒秘岩と呼ばれ
るものだった。
隕石は六ヶ所に落ちた。
道東、宮城、奥多摩、奈良、徳島、鹿児島だ。
三毛猫と白猫は、その毛の色から黒秘岩の力の影響を受けやすかった。
喋る猫に三毛猫と白猫が多いのは、その為だ。
喋る猫は、未来も予知出来るし、テレパシーも使える。
また、黒秘岩は一部の三毛猫に、人の願い事を叶える力を与えた。
その力を持った三毛猫は、全国に常時三十匹程居て、その半分程が全国を転々としている。
残りの半分は、静養しながら、特殊な能力を持たない三毛猫や白猫達の面倒を見るのだ。
特殊な能力の持ち主として選ばれるのは、健康で若く心の綺麗なメスの三毛猫。
黒秘岩は別に生きている訳ではない。
しかし、選ばれる三毛猫は大体、そう相場が決まっている。
旅を終えた三毛猫は、次の旅に備えて休養をする。
ミミが今回故郷の奥多摩に居たのも、その為だ。
特殊な能力を持った三毛猫のサポート役となるのは、残りの三毛猫と、白猫達。
彼らの活躍も、三毛猫の旅には欠かせない。

旅から戻って待機する三毛猫と白猫は、大体が生まれた洞穴の中に居る。
もちろん、喋ろうがどうしようが、霞を食べて生きて行ける訳ではない。
なので、旅から帰った三毛猫の内、特殊な能力を持って居るものが、餌を恵んで貰い、皆に分ける。
願い事を叶えてあげた人間達に、お願いをするのだ。
それで足りない分は、森の恵みを拝借する。
そこでも、三毛猫の特殊な能力は存分に発揮される。
「モモちゃん、そこにトカゲが居るわ。お腹を空かせたララちゃんに分けてあげて!」
「承知したわ!」
「モモちゃん、そこに小鳥!」
「待ってて!」
特殊な能力で森の小動物を続々と捕獲するのだ。

黒秘岩の力の影響を受けるのは、基本的にはメス猫である。
従って、繁殖は外部の猫との間で行われる。
黒秘岩の力は遺伝しない。
ただ、傍で暮らしていれば自然と影響を受ける。

そして皆、人間と仲良しだ。
人間には悪い面も沢山あるが、良い面もある事を、三毛猫や白猫達は知っている。
今日も、圭と信太の恋路を、奥多摩の三毛猫と白猫達が揃って応援していた。
その力は、確かに二人には届いていた筈だ。

[Part 4 : 語り・信太]

上京二日目。
二人で歌舞伎町を歩いていたら、喋る猫のミミと出会った。
それから、事態が大きく動き出す。
何といっても大きかったのは、ミミの力で仕事が決まった事だ。
期間工だったが、所持金が残り少なかっただけに、有難い。
それからも、仕事では数え切れない程、助けられた。
何しろ、作業の手順やコツを、逐一教えてくれたのだ。
これは本当に有り難かった。

圭とは、以前にも増して仲良くなった。
三年間の空白を、埋めて余りある幸せーー。

圭への消し難い愛情と共に、それを感じてならないのだった。

想い出は、沢山出来た。
圭はスキーもスノボも上手い。
で、スキーの方が取っ付き易いだろうという事で、度々誘われるのだが。
これがちっとも上達しない。
いつまでもボーゲン。
恥ずかしい。
「また随分とへっぴり腰だな、ボンレスハム。」
「うるさいょ。」
だけど、風を切って滑っていると、寒いけれども心地良い。
リフトの乗り降りに慣れないのは、ご愛嬌。
「危ない!落ちるぞチャーシュー!」
「あーあー!」
実の所、圭にチャーシューだとかボンレスハムだとか言われるのは、とても嬉しい。
昔に戻れた気がするから。
だって圭はデブ専だし。

春になると、花見をした。
ちょっとお酒も混じって、良い感じ。
普段飲むのは発泡酒だけど、花見にはビールをおごる。
料理は僕の担当。
チャーシューとかボンレスハムとか言われているのは、伊達じゃない。
重箱に色とりどりのお惣菜を詰めるのは、楽しい時間。
圭の顔がお酒で紅く染まるのを見ていると、僕の胸はポッと温かくなる。
「ねぇ、圭。今夜、抱いてよ。」
「おぉボンレスハム!今するか、ここで。」
「酔ってるでしょ!馬鹿!」

夏には、良く海に行った。
二人とも泳ぎは得意なので、波に乗ったり、泳いだり。
時折休憩してかき氷を食べるのだけど、移動中、砂浜が熱くて敵わない。
照り付ける陽射しの下で、二人並んで。
寝そべっているだけで、嬉しかった。
こんがりチャーシュー二本の、出来上がり。

秋。
紅葉の季節。
ハイキングや紅葉狩りに出掛けた。
アウトドアウェアを着込んで、時には湿原にまで足を伸ばした。
「この板張りの通路、僕達ボンレスハムが歩いているのに良く壊れないね。」
「まぁ、丈夫に出来てるんだろうな。ジャンプしてみようか?」
「やめれ(笑)」

四季折々の、想い出。
一つ残らず、心に刻み付けたい。
確かに、そう思った。

やがて僕達は正社員になった。
仕事は忙しくなったが、遣り甲斐はある。
正に汗水垂らして、実直に働き通した。

仕事が忙しくても、欠かさなかった事がある。
それは二人の想い出作りだ。
次の冬には、遂にボーゲンを卒業した。
二十回目の奇跡。
感無量だ。
「凄いじゃんか!チャーシューの割には。」
「ねー。ホテルに戻ったら、パーティーしようょ!」
「食材は要らないな。自分たちの腹の肉を喰らえば良いんだし。」
「何言ってんの。馬鹿じゃないのー!」
大笑いだ。

春。
月日の経つのは早いもの。
限られた時間、大切に遣わなければ。
という訳で、休みを使って、生まれて初めてテーマパークに行った。
かねて、行ってみたいと思っていたのだ。
二人共。
しかし、何というか、完全にお上りさん。
人が多過ぎて辟易。
昨日まではあんなに楽しみにしていたのに。
正に全人口、みたいな。
渋谷より酷い混雑は、二人共初めてだったのだ。
落ち込むのも無理もない。
軽食を食べるのに三十分待ち。
アトラクションは二時間半待ち。
「おぃボンレスハム、これは幾ら何でも待ち過ぎだろう。」
見ると圭の頰はトラフグのようにぷっくりとしていた。
前にも書いたが、チャーシューだとかボンレスハムだとか呼ばれるのは、結構好きだ。
中学時代に戻れた気がして、嬉しいのだ。
しかし、この行列。
どうにもならない。
分かっていながらもなだめる僕。
「辛抱だよ!来たからには元を取らないと!頑張ろう!」
辛うじて圭の瞳に笑顔が戻った。
で。
結局。
もう来ない、これが二人の出した結論だった。
でも、アトラクションは楽しかった。
目に焼き付けよう。
二度と来ないだけに、しっかりと。
まぁ二人揃って人混みは苦手だから、仕方ないのだ。
今日来たのも、一度位は、という程度の事だったので。

夏。
週末になると良く民宿に泊まりに行った。
一泊二日で。
海水浴にスイカ割り。
楽しいのだが、スイカ割り、上手く行った試しがない。
「下手だなぁ、ボンレスハム。」
「自分だってチャーシューの癖に!人の事言えないし。」
「でもこういうの、好きなんだろ、マニアックだな。」
「もしかして圭は、こういう身体は嫌いな訳?」
思わず、涙ぐんでしまった。
恥ずかしい。
と、不意に。
頰にフレンチキス。
耳元で囁く、愛の言葉。
その場で蕩けそうになった。
ずるいよなぁ。
でも、そんな圭が大好きだ。

秋。
この話のラスト。
圭の両親は相変わらず自分の息子を義絶していた。
だが、僕の母親は変わってくれた。
セミナーに行ったり、専門家にアドバイスを受けたり、文献を読み漁ったり。
そうした中で、僕の父親までもが、考えを変えてくれた。

僕の両親の勧めで、僕達二人は養子縁組をする事になった。
多分、最初で最後のチャンスだ。
大切に、大切にして行きたい。

そうそう。
寮を出て二人暮らしも始めた。
まだ真新しい2DKのアパートで。
今までにない程の、賑やかな日常。
「雨だ、チャーシュー!洗濯物を取り込め。俺は部屋の掃除で手が離せない。」
「あいあいさー。」
「次は夕食作り、頼むな。俺は風呂掃除をするから。」
「りょーかいっ!ボンレスハム!」
小さな頃から夢見て来た日常が、そこにはあった。
ただひたすらに、嬉しい日々だった。

僕達はこれから先も、手を取り合って生きて行く。
空を見上げると、どこまでも高い秋空の下で、ちっぽけな自分が不安になる。
でも隣には、圭が居てくれるからーー。
だから、怖くない、きっと。
少なくともそう思いたくて、圭にいきなり抱き付いた。
笑顔だった。
嬉しかった。
僕達は、幸せだった。
僕達の温かな日常は、まだ始まったばかりだ。

例によって反則技。
パートによって語り部が変わります。
本編よりも圭と信太との日常を掘り下げてみました。
チャーシュー、ボンレスハムなどと呼び合う二人。
書いてて、ちょっと羨ましかったり。
いつもの通り、デブのデブ専のお話です。
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