ナックルボール 2 : スタートライン

リスが居た。
後にナックルと名付けられるそのリスは、東京・多摩地区の林の中に棲んでいた。
その時点では、特に何か特別な能力があるという訳ではなかった。
だが、ある日黒い木の実を食べてから、人間と会話が出来るようになった。
その木の実は、実は宇宙から落下してきた小隕石の中に含まれていたもので、正確には木の実ではない。
人間と会話が出来るようになった一方で、同じリス仲間とはうまくコミュニケーションが取れなくなってしまったそのリス。
まさに痛し痒しである。
結局生きる為に、人に飼われる決意をするのであった。

最初にそのリスを飼ったのは、洋太という中学生の男の子。
「さ、行こう。」
洋太はリスが喋れる事に驚くでもなく、その丸々とした小さな掌を目の前のリスに差し出すのだった。
これはありがたい、そうリスは思っていた。
お礼に掌の上で歌と踊りを披露。
♪チキチキテケテケ、タンタカタンタン♪
洋太、腹を抱えて笑うのだった。
その男の子はリスに、ちぃ太という名前を付けた。
ちぃ太は自分の体が小さい事にコンプレックスを持っていたので、洋太の付けてくれた名前は正直、気に入らなかった。
でも、飼ってくれるというのだからまぁいいだろう、そんな風にも思っていた。

小学生の頃。
洋太は、コオロギを飼いたいと母におねだりをした事があった。
その時の母の険しい表情が、洋太は今でも忘れられない。
結局「駄目!」の一言で話は終わってしまった。

洋太の家に到着。
玄関扉を開けると、母が居た。
羽箒を片手に、お掃除の真っ最中。
洋太とちぃ太に気が付いた母、ギロリとそちらを睨む。
「まさか、飼いたいっていう訳じゃないでしょうね。」
ここでちぃ太が口を挟む。
「そう。僕、歌えるし踊れるよ!」
♪チキチキタンタン、ズンタカタン♪
「嫌ー!気色悪いわ!さっさと捨てて来て!」
「母さん!こんなに可愛いリスを捨てろだなんて!だったら僕も出て行く!」
「もういいわ!好きにするといいわ!その代わり、部屋の外には絶対に出さないで!」
この時洋太の母は、洋太の留守中にちぃ太の事を、掃除機で吸い取ってやろうと思っていた。
だが、そうした企みは全て、ちぃ太には筒抜けなのである。
ちぃ太は考えた。
そして、いざとなったら、泣いてみる事にした。

翌日。
ちぃ太の賑やかな歌と踊りで、爽やかに目覚める洋太。
「ちぃ太、おはょ。今餌持ってくるね。」
実はちぃ太は、洋太がすっきりと目覚める事の出来るタイミングを見計らって、起こしているのである。
階段を降りて台所へと向かう洋太。
「おはよう、母さん。」
「あら洋太、おはよう。今日は早いのね。」
「ちぃ太が起こしてくれたんだ。」
母、洋太に聞こえないようにチッ!と舌打ち。
それはそうと、困った事に昨日ペットショップで買ったちぃ太の餌がないのだ。
「母さん、ちぃ太の餌、知らない?」
「あら、ないの?どうしてかしらね〜♪」
鼻唄混じりでベーコンエッグを作る母。
「まぁいいゃ。こんな事もあろうかと思って、昨日林で木の実をいっぱい取ってきたから。今日もまた取ってこなくちゃ。母さん、ちぃ太の餌、後で買って来てね。」
木の実を与える為に、一旦自室へと引き返す洋太。
その背中を母は、般若の如き表情で睨み付けるのだった。

実は先月、地球は回遊小惑星の話題で持ち切りだった。
そのまま衝突していたら、甚大な被害が出ていたであろう。
だが回遊小惑星は、地球に接近する前に爆発、粉々に砕け散った欠片が地球へと降って来たのだった。
その内の幾つかが大気圏で燃え尽きずに地上へと落下するも被害は出ず、大半は現地で処分された。
だが、目敏い研究者が中に黒い木の実状の物体があるのを発見。
しかし今の地球上の解析装置では正体が分からず、やはり放置されていたのだった。
その木の実状の物体には実は特殊な力があり、その影響は摂取した動物の種類によって様々なのだ。
ちぃ太はたまたまリスだったので、人間と話せるようになったり、近くの未来や過去が見えるようになったりしたという訳だ。
また、この物体の影響でちぃ太は、寿命も大幅に延びた。
隕石が落ちたのが日本ではたまたま、多摩地区の林の中の一箇所だけだったので、その物体を食べたのはちぃ太を含めてもリス二匹だけであった。

朝食を食べた洋太は、明るい表情で登校する。
「行って来まーす!」
無言の母。
さぁ、お掃除の時間がやって来た。
もちろん最初に片付けるのは、洋太の部屋だ。
この家には今時珍しくセントラルクリーナーが備わっているので、二階の洋太の部屋へと持って上がるのは、ホースとヘッドだけで良い。
徐に洋太の部屋の扉を開ける母。
入るなり、ちぃ太がコミカルな歌と踊りを披露する。
が、母にとってはそんなものは薄気味悪いだけで、正直言って見たくもなかったのだ。
部屋の壁の差込口にホースを繋ぐと母は、薄気味悪い笑みを浮かべながら一言。
「さぁ、これで終わりよ!」
その時だった。
ちぃ太の目から大粒の涙が次から次へと、溢れ出るのだった。
嘘泣きではない。
当初は演技で泣くつもりだったのだが、恐怖のあまりに勝手に涙が出て来て、止まらなくなったのだ。

その頃、学校では。
「おはょ、蓮太。」
「おはよっす、洋太。」
蓮太とは、洋太の親友である。
実は蓮太は洋太に恋をしていた。
洋太が色恋沙汰とは無縁だったのでまだ告白はしていないが、常にタイミングは見計らっている。
そんな折。
「僕、歌って踊れるリスを飼い始めたょ。賢いからケージなしでも飼えるんだ。」
「何言ってんだ、お前。」
大笑いである。
しかし洋太、めげない。
「ほんとだってば。嘘だと思うなら、帰りに寄ってみるといいよ、うちに。」
「まじなのか!?」
という訳で、放課後の予定が決まった二人なのであった。

一方、洋太の部屋では、母がちぃ太と相対していた。
殺すつもりだったが、目の前で泣く姿に動揺している。
「うわぁー!殺さないでー!」
ちぃ太は、号泣していた。
そこでふと、母性が目覚めた。
ちぃ太の事を、可愛いと思い始めたのだ。
こうなると話は早い。
「新聞紙じゃあんまりだから、トイレを用意しましょう。餌も買って来なくちゃ。お留守番お願いね。」
「うん!待ってるょ〜。」
一転してすっかり元気になったちぃ太、陽気に歌い踊る。
♪ぴぃひゃらら〜♪

そもそも洋太の母が動物嫌いなのには、理由がある。
洋太の母・加寿美は、ある帽子をとても大切にしていた。
だが、まだ加寿美が小学生の頃に、事件は起こる。
それは、休日に父とデパートへお出掛けする時のこと。
普段はケースに入れて高いところに大切に保管してあった帽子を、机の上に置いてトイレに行ってしまった。
痛恨の、まさに失敗であった。
加寿美がトイレに行っている間に飼い猫が帽子にマーキング。
その帽子は加寿美にとっては、既に病で空の星となっていた母の大切な形見だったのだから、たまらない。
トイレから戻って来た加寿美、絶句ーー。
次の瞬間であった。
加寿美は猫に執拗に暴行、死なせてしまう。
その一部始終を見ていた父は恐ろしくなって、加寿美を子供の居ない親戚に預けてしまうのであった。
もちろん事実は伏せて、適当な理由を作ったのである。
猫の亡骸は庭に埋めた。
親戚は子供が欲しかったのに出来ないでいたから、それはもう可愛がってくれた。
加寿美もそのお陰で徐々に立ち直っていったが、動物嫌いはこの日までずっと直らなかったのだ。
今では加寿美も、父と談笑出来る。
でもどうしても、母の大切な形見を奪った動物が、許せないーーそんな思いが消えないでいた。
だから、ちぃ太の事を可愛いと思ったのは、加寿美自身にとってもそれはもう、意外な事であった。

洋太が帰宅。
蓮太も連れて。
「ただいまー。」
「ちわっす!」
そこへ、先程ペットショップから帰宅して家の掃除も終えた加寿美が応対。
「お帰りなさい。二人共、カップルみたいね。まぁいいわ。ちぃちゃんの餌とトイレ、買って来たわ。餌、今度は部屋に置いたから、便利でしょう。」
「ありがとう、母さん!」
隣では、蓮太が顔を真っ赤にしている。
が、これはまだ序の口であった。

蓮太は、強かった。
それは幼稚園の頃から、ずっとだ。
洋太とは幼馴染だったが、初めはそこまで仲が良かった訳ではなかった。
仲が深まったのは小三の頃。
洋太がいじめられるようになったので、助けたのだ。
柔道と合気道の得意な蓮太に敵う相手は、誰も居なかった。
実は蓮太の初恋の相手は、洋太なのだ。
好きだったから、助けた。
それだけの事。
何もボランティアでやった訳ではない。

部屋に入ると、ちぃ太が歓迎してくれた。
「さぁ二人とも、入って入って!」
あれ、ここは僕の部屋なのにな、などと呑気な事を洋太が思っていると。
「ねぇ洋太、蓮太と付き合っちゃいなょ。お似合いだょ。どうせもうすぐ洋太も蓮太に恋するんだし、早い方が良いょ!」
二人共、固まった。
だが、次の瞬間。
蓮太の手がそっと伸びて、洋太の手に触れた。
ここで初めて、自分の気持ちに気付く洋太。
「あ、僕、蓮太の事、好きみたい。」
そこへノックもなしに入ってくる加寿美。
お茶とお茶受けを持って来たのだ。
「あら〜。やっぱり、愛し合ってるのね。別に良いけど、蓮太ちゃんのお父さん、確かそういうのには厳しかったはずだから、二人とも上手くやるのよ。じゃ。」
扉が閉まる。
そこからなだれ込むように、二人は抱き合うのだった。

初体験を終えた二人。
仲睦まじく、お喋り。
「うちの担任、ゲイっぽいよな。」
「そうだね。見る人が見ればすぐに分かる感じ、かな。」
「冬でもハーフパンツとか、止めればいいのにな。」
「そだね。」
二人して笑った。
楽しい時間。
そこへ、またもや。
「蓮太ちゃんのお母さんには連絡入れといたから、今晩お夕飯一緒に食べなさい、蓮太ちゃん。あと、部屋の換気はしっかりね。」
これに切れたのが洋太だ。
「ノックもしないで何度も!いい加減にしてよ!」
「あら、別に良いじゃない。悪気はないんだし。あなた達だって悪い事している訳じゃないでしょう?まだ中学生なんだから、隠し事は駄目よ。」
言い返せない洋太。
仕方ない。
まだ半人前の身、そもそも未成年。
大目に見てくれているだけでも、ありがたいのだ。

二人でテレビゲームをしていると、ちぃ太が何やら言いたげにしている。
「どうしたの?」
「ぼく、散歩に行きたい。二人はここで待ってて。」
僕はちぃ太を、玄関まで抱き抱えて連れて行く。
「気を付けるんだょ。」
「大丈夫、すぐに戻るから!」
この時の洋太には想像もつかなかった。
まさかもうすぐ、ちぃ太とのお別れがやって来るなんてーー。

道中、ちぃ太は泣いていた。
向かう先は、蓮太の家。
時刻はそろそろ、午後七時。
頭の固いお父さんも、帰宅している時間だ。
蓮太の家の玄関先で。
ちぃ太は声を張り上げる。
「ごめんくださーい!」
出て来たのは、お母さん。
この人は、ゲイを差別しない人。
だから今は用がない、すぐにちぃ太はそう悟る。
「僕、蓮太君の友達のリス。お父さん、呼んで欲しいんだけど。」
蓮太の母、驚きのあまりに腰を抜かしてしまった。
ちぃ太はとりあえず、精一杯歌い踊ってみる。
♪ズンタカタッタ、ズンズンチャッ♪
するとそこへーー。
「何だ、騒がしい!」
やって来たのは本丸、蓮太の父。
早速、用件を伝えるちぃ太。
「あなたは差別主義者だょ。そう言われたくなければ、蓮太君がゲイである事を認めてあげないと!」
「蓮太がゲイだと!?有り得ん事だ。忌々しい化け物め。踏んづけてやる。」
ちょこまかと逃げ回るちぃ太ではあったが、遂に蓮太の父によって踏み潰されてしまう。
瀕死の重傷だ。
とどめを刺そうとする蓮太の父。
「あなたやめて!蓮太がゲイで何が悪いの!動物虐待までして、こんなに可愛いリスを!それ以上やったら離婚よ!」
するとあんなに勢いのあった蓮太の父が、肩を落とした。
「分かったよ。孫の顔、見せてくれるの期待していたんだ。すまん。」
ちぃ太はひと仕事終えると、重たい体を引きずって、隕石のある林へと向かおうとする。
だが、身体が痛んでなかなか前へと進めない。
「私が夜間救急対応の動物病院まで連れて行ってあげる。」
蓮太の母はそっとちぃ太を持ち上げると、旦那に車を出すようにと指示を出す。
蓮太の父、奥さんには弱いのだ。
蓮太の母は、蓮太と洋太にも連絡を入れる。
途中、車に乗り込んで、皆で動物病院を目指した。

ひとまず、一命は取り留めた。
ちぃ太は言う。
「ここで僕が出来る事は、これでお終い。目障りだろうからね。退院したら、元居た林に放って欲しい。」
「目障りだなんて、そんな……。」
洋太は泣き出すが、ちぃ太の決意は固い。
またぞろ同じような事が起きたら、蓮太一家は崩壊するかもしれないのだ。
人間なかなか変われるものではない。
蓮太の父の頑なさが変わったかどうかも分からないのが、心残りではあるーー。
「蓮太、洋太くん。仲良くするんだぞ。お前達の事だ。きっと上手くやれる。感謝するならそこのリスにするんだな。」
蓮太の父の言葉に蓮太と洋太、号泣である。

退院の日。
実はまだ少し痛むのであるが、林までは何とか歩けそうだ。
ここでいいというちぃ太に、蓮太と洋太が手を振る。
「ありがとうー!またいつでも遊びにおいでー!」

実は蓮太の家に向かう時点で、ちぃ太は己の未来を察していた。
瀕死の重傷を負う事も、蓮太と洋太が晴れて両家の両親公認の仲となる事も、そのまま居れば蓮太の父の癇癪により今度こそ助からない事態となる事も。
残念ながらちぃ太のちょこまかとした動きと甲高い声は、蓮太の父にとっては気に障るものでしかなかったのだ。
ちぃ太にとっても死ぬのは怖い。
だからこそ、泣いていた。
ちぃ太が蓮太の家に向かう途中での事だ。
何よりこれ以上蓮太と洋太を傷付けてはいけない。
だからここから去るのが、ちぃ太にとっては最善策なのだ。
季節は晩秋。
冬がやって来る前に、出来れば新しい飼い主を見つけ出したい所だった。
ちぃ太は分かっていた。
泰治と成太郎を救うのが、自分に課せられた使命だと。
でも、刻一刻と未来は変わる。
出会えなければ、意味がない。
さて、どうするかーー。

そこへ、優しそうな青年がやって来る。
泰治だ。
ベンチに座ったので暫し様子を伺うが、穏やかな様子。
ただ、随分と表情が暗いので、声を掛けてみる事にした。
「ねぇねぇ、そこのお兄さん。悩み事?」
この後、ちぃ太は泰治の家でナックルという名前に変わる。
野球好きの泰治が、もちろん名付け親だ。
ナックルは、とても嬉しかった。
ちぃ太という名前が最後まで気に入らなかったので、喜びもひとしおなのだ。
ナックルは泰治に、自分を飼ってくれるようにと盛大にアピールをする。
結果は、成功。
あとは二人にそれぞれ、結婚を勧める事が出来れば、二人の命は助かる。
もちろん、ナックルの命もだ。
本当は成太郎の両親の考え方を変える事が出来れば、それに越した事はないのだが。
特に母親、頑固過ぎて駄目だ。
やるだけ、時間の無駄。
みんなも危険になる。
成太郎の両親は放っておいても今から二十二年後に他界するから、子供の大学卒業の時期も見越して、丸二十三年は結婚生活を続けてもらわねばならない。
いきなりその事を明かしても抵抗されるだろうから、とりあえずは三年を目途にしようとナックルは考えていた。

未来は、分岐する。
ターニングポイントがあるのだ。
今、蓮太と洋太は幸せだ。
ちぃ太は、無事にその役目を終えたのだった。
これからはナックルとして、泰治達を支えてゆく。
長い長い遥かな道のりだが、間違いなく幸せになれる筈だ。
未来が、手に取るように分かる。
ただ、成太郎だけはしばらくの間、辛いのだ。
ナックルは、そこは申し訳なく思っていた。

泰治と幸恵、結婚丸二十三年。
ナックルは、まずは幸恵に話をした。
「怒らないで、しっかりと聞いてくれる?大切な事を、話したいんだ。」
「何?ナックル。」
「泰治さん、実はバイセクシャルなんだ。」
このやり取りの後、一瞬目を見開いた幸恵。
だが、その直後には平然とした表情を取り戻していた。
「私の事、好きだったのよね、彼。」
もちろん、ナックルは何度も首を縦に振る。
「ならいいの。で、その話には続きがあると思うんだけど、聞かせてもらえる?」
ナックルはいよいよ核心に迫った。
「泰治さんを大好きな男の人が、ずーっと待っているんだ。それを知っていても尚、泰治さんは幸恵さんを選んで、お店まで出してあげた。そろそろいい頃合い、じゃない?」
「分かった。それもそうね。私は十分に幸せだから、今度はその男の人が幸せになる番なのかも知れないわね。」
その晩、ナックルは幸恵の布団で共に寝た。
ふと、幸恵が呟く。
「ありがとう、ナックルーー。」

翌日、散歩に行くと言って、ナックルは一匹だけでとある場所へと向かった。
それは、成太郎の住む家だった。
つい先日奥さんと離婚をして、今はアパートで一人暮らし。
正直、成太郎の泰治への気持ちは、萎えかけていた。
だからこそナックルは、成太郎の元へと向かわねばならなかった。
幸い、部屋は一階。
窓をコツコツと叩いて、開くのを待つ。
やがてサッシががらがらと音を立てて開くのを見計らって、ナックルは声を放った。
「泰治さん、今年の秋にはやって来るょ。もうすぐ泰治さんと奥さん、離婚するんだ。だから、気を確かに持って!しっかり!」
成太郎は、リスが喋っているという事実には驚きもせずに、ただおろおろと泣くばかりなのであった。

そして最後にナックルが向かったのは、泰治の元。
泰治が一人で居る時間を見計らって、話し掛ける。
「そろそろ、いいんじゃない?」
「何が?」
「幸恵さんとの離婚だょ。」
「そうか。」
これで、たったこれだけで全てのやり取りが終わった。
こうして、泰治と成太郎は結ばれる事となる。
ナックルは、泰治の元で骨を埋めようと思っていた。
それが自分なりのけじめのつけ方だと、信じていたのだ。
約束の日の晩秋へ向けては、まだ夏がある。
暖かくて優しい風が泰治とナックルの頬を撫でる、そんな春の日の、大きな大きな、しかしささやかな出来事であった。

-完-

前話の単なる補足説明では終わらないように、気を付けました。
このお話は元々、前話を書いた時には構想があったのです。
一方で、果たしてこの更に次のお話があるのかどうかは、現時点では全く不明。
ちぃ太という名前、個人的にはお気に入りです。
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