Bloomin’ Flowers IV : 徒然小噺

水の中に潜る。
ゆったりとした波の動きに、暫し身を預けてみる。
旅先の海で、シュノーケリング。
ゴーグル越しに覗いた海は、魚たちの楽園だった。
「気を付けな!握った手綱は、決して離さないんだよ。いいかい?」
海の中から聞こえてくる声。
俺はどうしたらいいか分からなくて、ただ黙って頷いた。
それからずっと、何かある度にその時の言葉を思い出すようになっていた。
この時、相方さんは聞いていなかったようで、何も知らなかった。
休暇を取って二人で出掛けた、沖縄での事だったーー。

ずっと、一緒に居よう。
それが、二人で交わした、たった一つの約束だった。
白い薔薇の咲き乱れる庭の真ん中で、俺らは抱き締め合った。
俺らには時々、白い薔薇の囁きが聞こえる。
最初は幻聴だと思ったが、それにしてはいやにはっきりと聞こえる。
しかも、二人共同じ内容を聞いているのだ。
それはもう、驚いた。

最初は不気味だったが、どの薔薇も俺らへの敵意がないと分かると、自然と友達になっていった。
もちろんこの事は、二人と薔薇だけの、秘密だった。
バレると騒ぎになるからだ。

「ところでーー。」
俺らで勝手に長と名付けている薔薇の花が、よく通る声で一言一言を噛み締めるように、ゆっくりと話し始める。
「互いの気持ちを、裏切ってはいけないよ。ずっと仲良くするんだ。そんな姿が、お前さんたちには良く似合う。笑顔で、居るんだよ。」
気にはなった。
でもこの時は、忘れる事にした。
忘れて、しまったんだ。

それから一ヶ月後ーー。
俺は成り行きで、仕事先の先輩に組み敷かれていた。
酒を飲み過ぎたせいで、ここに至るまでの記憶は曖昧だ。
「リリン、リリン、リリン、リリン」
俺の携帯が鳴っている。
相方さんとは共に暮らしているので、心配したのだろう。
だが、今出る訳にはいかない。
放置していると、着信音は鳴り止んだ。

細い道を歩く。
だいぶ酔いが醒めてきた。
すっかり遅くなった。
お詫びにコンビニでアイスでも買って行こう。

家に戻ってインターホンを押すも、反応がない。
ここは鍵を使って開けるしか。
だが、鍵を解錠しても、チェーンのせいでドアが開かない。
困った。

俺は携帯を取り出すと、何度も鳴らしてみる。
が、音信不通だ。
もう家の前であるとはいえ、時刻は既に終電後。
無理もないか。
大体、俺がこんなに遅くなるのは珍しいのである。

待つ事暫し。
そろーっと扉が開く。
中から現れたのは、恨めしそうな顔。
「何だよ、こんな夜更けに。」
「そう言わずに入れてくれよ、頼む!」
「せっかく美味しい麻婆麺作って待ってたのにさ。ご飯はないよ。」
チェーンが外され、ドアが開く。
と共に抱き付いてくる我が相方。
可愛いな。
そんなことを思っているとーー。

「やっぱり!香水臭い!いつも香水なんかつけない癖に!この浮気者!出てけぇーー!!」
またドアは閉じられてしまった。
この家のローンを返済しているのは、俺なのだが。
とはいえ、酒のせいでもあったが浮気したのは、事実、なのだろう。
都合が良いのか悪いのか、その辺りの記憶がどうにも曖昧なのだ。
気が付いたらベッドの上。
その後も記憶は途切れ途切れ。
まぁ断片的には映像が思い浮かぶから、たぶん浮気したのだろう。
だがそもそも、俺には浮気をする動機がない。
俺はずっと相方さん一筋で生きてきた。
高校時代からの付き合いだ。
一度の過ちで全てを失くすのか。
情けないな、俺。

その夜は、繁華街のネットカフェで一夜を過ごした。
朝方。
携帯のバイブで目が醒める。
差し出し人は、相方さんだった。
「出て行く事にした。残った荷物は、全部処分してくれていいから。追いかけたって無駄だよ。僕、結婚する事にしたから。」
顔から血の気が引いてゆく。
相方さん、バイではない。
ゲイなのだ。
だから高校卒業後、二人して逃げるようにして、上京して来たのだ。

ここで庭の薔薇の花の声が、耳元で微かに聞こえた。
「いいかい、これが最後のチャンスだょ。タクシーを捕まえて、駅まで先回りするんだ。相方さん、まだ家だから、間に合うょ。すぐにそこを出て!」
俺は慌てて会計を済ませると、大通りでタクシーを拾い、大急ぎで駅まで向かった。

高一の夏。
クラスメイトに、俺は告白をした。
今の相方さんである。
「変態だと思うなら、それでも構わない。もし良かったら、俺と付き合って!」
相方さんに似合うと思って、白い薔薇の花束を渡した。
そうしたら相方さん、とても嬉しそうに笑って、黙って頷いてくれた。

それからは楽しかった。
ただ、俺らが住んでいたのは地方都市とはいえ結構な田舎であったから、怪しまれないように、それだけは気を遣った。
場所がないのでSEXもキスも出来ず、本当にプラトニックな交際を続けていたのだが、それでも毎日は楽しかった。

同級生は、上手くごまかせた。
元々共通の友人も居たので、三人でつるんでいる分には、誰の疑いの目もかからなかったのだ。
最後の最後で騙し切れずに俺らの関係が発覚してしまったのは、両家の両親だ。
卒業式終了後。
感極まって、周りに両親が居ない事を確認してから、俺らはこっそりとファースト・キスを済ませた。
それを、俺の父が物陰で盗み見ていたのだ。
そこへ、両家の両親が集まる。
無言の圧が凄かったが、彼らは至って冷静だった。
四人で何やら、ひそひそと話をしている。
やがて四人を代表して、俺の父が口を開いた。
「せっかく受かった大学、行きたいだろう?今この場で別れるのならば、通わせてやる。良い見合い話もあるだろう。別れないというのならば、即刻出て行ってもらう。それでも、結婚する気が起きた時は戻って来ていいぞ。よく考えるんだな。」
そこで二人手と手を取り合って、それぞれの実家に急ぎ、最低限の荷物だけを持ち出すと、上り列車へと滑り込むのだった。

「どうする、これから?」
俺が不安の眼差しを相方さんに向けると、目の前の丸顔はあっけらかんとしてこう言った。
「大丈夫だょ。二人だもん。何とかなる。」
その根拠のない自信が何処から出て来るのかは不思議だったが、何となく伝わってくるものは、確かにあった。

それからは、二人して物流関係のアルバイトをして生計を立てながら、地方公務員の試験の勉強をしていた。
安アパートにて、二人暮らし。
男同士なので、物件探しが大変だった。
これはもう、本当に。
まだ東京だったから救われたのだ。
仕事と勉強の両立は、それはそれは苦労の連続だったが、嬉しい事に二人共、試験は受かったのだ。
まぁこれでも二人揃って地元では、成績優秀で通っていた訳である。
そうでもなければわざわざ親が、あんな田舎から金のかかる大学へと進学させようとする道理はない。
少なくとも俺らの実家の方では、皆そう考えていた。

公務員になってみて、予想よりも激務だという事には面食らった。
だが時間が経つにつれて、家のローンを組めるようになったり、クレジットカードを作れるようになったりと、それまで考えられなかったような暮らしが出来るようになっていった。
ボーナスも多い。
なるほど、これは辞められない。
二十代も終わりに差し掛かった頃に、貯金の大部分を頭金に回して買った家は、都内近郊の一戸建て。
格安のリフォーム済み中古物件で、小さいながらも、庭が付いていた。
俺らはその庭を、白い薔薇で埋め尽くそうと話していた。
思えばあの頃が、それまでの人生の中で、一番楽しかった頃だったのかもしれない。

タクシーが、駅に到着する。
近くに花屋があるのを思い出した俺は、白い薔薇の花束を買って、相方さんの到着を待っていた。
今日は祝日。
店、開いていて良かった。

ドスン!

振り向くと、相方さんがこちらを見たまま手荷物を落として、呆然と立ち尽くしていた。
一歩、一歩、距離を詰める。
「今度デパートで結婚指輪を作ろう。もちろん、お金は俺が出す。頼む、戻って来てくれ!」
目の前の顔がくしゃくしゃになって、涙と鼻水でべちょべちょになる。
「可愛い顔が台無しだょ、ほら。」
俺がハンカチを差し出すと、顔中一通り拭いてから、色気も何もなくチーンと鼻をかんで、自分のパンツのポケットにそれを突っ込んだ。
『や、高かったのだが、そのハンカチ。』
とまぁ、思わない事もなかったが、ここは自業自得。
諦めねばならない。

「行こう。」
相方さんの掌が出て来た。
もう二度とないチャンス、繋いだ手は、離さない。
「もうしないでね。」
上目遣いで弱々しくこちらを見るので、俺は「もちろん!」と胸を張った。

帰る途中で、お昼の材料を買う事にした。
「今日から二人で禁酒!酒癖悪いんだから。今回のもどうせそのせいでしょ。破ったらお尻百叩き!絶対やるかんね!」
怖!
俺は別に酒に依存している訳ではないので、断酒は容易い。
ただ、弱いのだ。
すぐに意識を失くす。
俺はもう二度と酒は飲むまいと心に誓いつつ、それとなしに相方さんの横顔を眺めてみるのだった。
「う、何?なんか付いてる?」
「ううん。あんまり可愛いから、つい。」
「恥ずかしいょ、止めて。」
二人して笑った。
これでもう、大丈夫だ。

買い物しながら。
「実家には連絡入れたの?」
「ううん、まだだった。ギリギリセーフ。」
「良かった!麻婆麺作ってよ!炒飯と餃子もね。」
「良いけど、昨日早く帰ってくれば食べられたんだょ。ちょっとは反省してよね。」
「ごめん!」

スーパーで一緒に買い物。
休みの日はいつもだ。
平日は早く帰れそうな方が買い物をする。
二人共料理は作れるので、料理も早く帰った方の担当だ。
今日は休みなので、料理は一緒に作る。
幸せな時間。
豆腐や麺を選んでいるだけでも、楽しい。
二人して、笑顔が絶えない。
手放したくない、この時間を。
決して。

次の週末。
新宿のデパートの宝飾品売り場に来ていた。
二人してすっかり、お上りさん。
勇気を出して、店員さんに声を掛ける俺。
二人の結婚指輪を作りたいというと、怪訝そうな顔一つせず、商品を紹介してくれた。
良く出来た店員さんだ。
それにしても。
「や、高いな。」
思わず漏れた言葉。
横では、そんな俺を相方さんが睨んでいる。
買うとも、買いますとも!
もうこうなればヤケクソである。
どうせもう少し待てば夏のボーナスもある。
何とかなるっ!

サイズの調整があるので、その場では受け取れなかった。
また来るのかょ、ここに。
正直言って、デパートは苦手なのだが。
まぁ、元々が身から出た錆なのであるから、仕方ない。

カフェで休憩。
ぼんやりしていると、昔の事を思い出す。
中学生の頃。
クラスメイトの男の子から、告白をされた。
正直、好みではなかった。
だから、断った。
男の子、泣きながら駆け出して行った。
胸がちくりと痛んだ。
それで、終わる話だった。
が。
その場面を盗み見していた者が居た。
学年きってのいじめっ子と、その子分だ。
二人は、男の子がゲイだと吹聴して回った。
俺は断ったから助かったようなものだ。
可哀想に、男の子は遺書も残さずに自殺してしまった。
学校側はいじめがあった事を全面否定。
うやむやになって、終わってしまった。
ある日、男の子の両親と学校の廊下ですれ違ったのだが。
その時の両親の、鬼のような形相が今でも忘れられないーー。

「おーい!どうしたのー?心ここに在らずな感じ。まさか男の品定めとか!許せなーい!」
「違うからー!中学生の頃のクラスメイトの話。自殺した。」
「あぁ、その話か。悩むのはわかるけど、君は悪くないょ。大丈夫だから、ね。」
「ありがとう……。」
俺は思わず、泣き出してしまった。
涙と鼻水で、顔中べちょべちょだ。
「はい、これ使って良いょ。こないだのお礼!」
下ろしたてのハンカチを渡してくれた。
嬉しくて、更に涙が溢れて来る。
その後俺らは再び、デパートに戻った。
ハンカチを買うのである。
二人共に潔癖症のきらいがあるから、涙と鼻水でべちょべちょになったハンカチを、洗濯機で洗う気がしないのである。
地下食料品売り場で今夜のおかずも買って、帰宅。
一緒に夕食を用意して、笑って、喋って。
楽しい。
やっぱり俺には、君がいい。
心からそう思うのだった。

食事の後は、借りて来たブルーレイの鑑賞。
スプラッター映画だ。
二人共好きなのだ。
怖面白いのが、素敵だ。

夜。
事も済ませて、ベッドの縁に並んで。
相方さんの顔が優れない。
「どったの?」
「んぃやね、昼間泣いてたでしょ?似たような話が僕にもあってさ。記憶に蓋をしたくて、今まで話さなかったんだけど……。」

相方さんは切れ切れに、話を始めた。

「僕ね、中一の頃に、痩せ型の体の大きなクラスメイトから、告白されたんだけど。タイプではなかったので断ったら、たちまちいじめられるようになってしまって。結局転校したんだ。」

ゲイの告白、なかなか難しい。
俺も相方さんへの告白は、決死の覚悟でやったもんな。

俺は相方さんに、こんな言葉を贈った。

「東京は自由だ。俺らには住みいい。自由は時に残酷だけれど、それなしではたぶん、ゲイは生きられない。だから俺は自由が好きだょ。たとえ荒波に揉まれて沈む事があっても、二人でなら平気だ。自由であった事を、それで恨んだりはしない。そうだろう?」

相方さんは大きく頷くと、俺に抱きついて来た。
「今度は香水の臭いしないね。うん、僕はこれがいい。」
そのまま抱き合って眠りに就く。

翌朝。
今日からまた、仕事だ。
「頑張ろうね、お互い。」
「うん。」
所属する部署が違うので、仕事中に顔を合わせる事はない。
まぁ、その方が仕事に集中出来るから、良いのだ。
頑張って働かねば。
まだ家のローンがたんまりと残っている。
相方さんの笑顔の為にも、今日も頑張る!

ふと窓の外を見ると、木の枝にムクドリが二羽、留まっていた。
俺らもあんな風に見られたいものである。
可愛い。
そんな事を思って少し手が止まると、上司がやって来て咳払いをする。
いけね!

同じ庁舎に勤務しているので、上手くいけば一緒に帰れる事もある。
今日は二人揃って定時退勤。
こんな日は、二人でスーパーに行くのが楽しみなのだ。
今ここに在る幸せを、決して手放さないようにーー。
もう過ちは犯さない、そう固く心に誓った。
家の薔薇や海の生き物たち、みんなありがとう。

もうすぐ、相方さんと出逢った記念日だ。
忘れてはいない。
プレゼントはちゃんと考えてある。
俺らの日々は、まだまだ終わらない。

お・し・ま・い

ほっこりを意識したので、陰の描写は弱めです。
タイトルも中身も、今回は気取らず、さらっと行きました。
平凡には平凡なりの良さも、あると思っています。
いつもお越し頂き、誠にありがとうございます。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
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