ひよこ小噺 by [SU]

ドンっ!と地面に音が響いた。
青年がジャンプして、着地したのだ。
砂埃が舞う。
そこへ、一羽のひよこがやって来た。
「子供みたいなそこのお兄さん、僕を飼って。」
辺りを見回す青年。
だがそこには、ひよこ一羽がいるのみ。
首を傾げながらその場を去ろうとするとーー。
「待って!僕を飼って!いい事あるよ、きっとだょ。」
青年は目を丸くした。
ひよこが喋っているようにしか、聞こえなかったからである。
いよいよ俺もお終いか、そう思って項垂れながら帰宅しようとするのだがーー。
「飼って、飼って。お願い、お願い。」
よちよち歩きで追い掛けて来て、そう言いながら擦り寄って来るのだから、たまらない。
「じゃあ、ちょっとだけ。」
もしや俺は正常なのでは、そう思いながら手のひらにひよこを乗せて歩き出す青年。
名を明久と言った。
それにしても、ちょっとだけと言ったせいか、ひよこがうるさいうるさい。
「ずっと飼って、ずっと飼って。」
ひよこに懇願されるのだが、困った。
鶏になられたら、面倒など見切れないのだ。
そんな思いを知ってか知らずか、ひよこは意味不明な事を口にし出した。
「僕、ずっとこのままだょ!鶏にならないの。邪魔にならないょ!いいでしょ、ね。」
「その話が本当だとしても、和成が見たらなんて言うかな。嫌がらないといいけど。」
明久はこの後の事を考えると、苦虫を噛み潰したような顔をして、ぼそぼそと呟くのだった。

和成は、明久と同い年の同居人。
明久と和成は、大学時代から付き合っているのだ。
今は二人共、別々の企業に勤め始めたばかりのサラリーマン。
物件探しは難航した。
お互いに荷物が多い上に、予算が限られている。
その上、何しろゲイだ。
まだ差別はある。
結局、LGBTに優しい不動産会社を見つけて、そこで今の住居を見つけた。
問い合わせを重ねた上で、四物件目の内見でようやく見つかった新居、二人共当時は喜んだものだ。

入居当日、ささやかなパーティーをした。
たくさんのチキンにローストビーフ、マリネにピザ、そしてホールケーキ。
美味しそうに頬張る互いの笑顔が、嬉しい。
それ以来、前にも増して毎日が楽しかったのだ。
だが、和成は動物が得意ではない。
せっかくの入居以来の良いムードに、水を差すような事にならなければ良いが。
どうしたものか。
明久は考えあぐねていた。

明久は二年前、大学のキャンパスで、和成に告白されていた。
「もし良かったら、お付き合いしない?」
冗談で言っているのではないか、そんな不安も頭をもたげたが、優しそうだったから、他に懸念もないので受け入れる事にした。

当時は二人共実家から通う身。
なかなか気を遣っていた訳で。
若いから抱き合う事も度々だったが、そっと声を忍ばせて、極力無音で行為に没頭する。
どちらの部屋でするかは、何となくの雰囲気で決める。
たとえば、明久の母は今朝機嫌が悪そうだったから、和成の家でしよう、とか。
部屋に入る際はノックをするようにと、親にはきつく言ってあった。
どちらの親も年頃の男の子の部屋にノックもせずに入る程には、デリカシーがない訳ではなかった。
しかし、それでも時に事故は発生する。
そんな時は互いに気まずいものだが、唯一の救いはどちらの親も無言で見逃してくれた事である。
ちなみに、どちらも両親にはカミングアウト済み。
何となく受け入れられているような、或いはちょっとだけ冷たい目で見られているような。
そんな感じ。
まぁ何れにせよ二人共、大きな問題は抱えていなかったのだった。

二年というのは、実にあっという間だった。
ただ夢中に過ぎていった感じだ。
そして現在、夕暮れ時。
今こうして、予定していた買い物もせずに、ひよこを連れて帰るのである。
もしも飼っても良いとのお達しが出たら、後で何かで埋め合わせをしなければ、そう思う明久なのだった。
そうだ、とりあえず今夜の夕食は宅配ピザにしよう。
二人共大好物なのだ。
それがいい、そう思って明久は家路を急ぐのだった。

途中、ひよこが言う。
「明久さんみたいに僕の言葉が分かるのは、五百万人に一人居るか居ないかくらいなの。後天的に、突然変異でそうなる人が多いみたい。とにかく、数は少ないんだ。でも、明久さんと手を繋いだ人は、繋いでいる時だけ僕の言葉が分かるんだょ。」
帰ったら早速、和成の手でも握ってみようか、などと思う明久なのだった。

2DKのアパートに住む二人。
コミックや同人誌、DVDやBlu-rayなど荷物が多いので、ひと部屋ひと部屋がそこそこ広いのは助かる。
そうでないと、座る場所もなくなってしまうのだ。

「明久、お帰りー。ところでそのひよこ、どったの?」
「うん、飼おうと思って。ちょっと僕の手、握ってみ。」
和成は存外すんなりと手を出した。
こうなればしめたもの。
早速ひよこが喋り始める。
「こんにちは、和成さん。僕は怖くないょ。そんなに驚かないで。」
ひよこの声を聞いて和成、目を丸くしていたのだ。
「僕と手を繋いでいる時だけ、このひよこの声が聞こえるの。面白いでしょ。」
明久はそう言って、笑ってみせた。
和成はというと、相変わらず呆気に取られたような顔をしながら、手を繋いだり離したりしていたーー。

薄暗い倉庫の中。
大柄な男が二人、ひそひそと話をしている。
「おい、まずいぞ!脈がない。殺せとは言わなかった筈だ!一体どうするつもりだ!」
兄の怒りの前に、弟はなすすべもない。
「仕方ない。この近くの森の土中に埋めるしかないな。もうすぐ夕方だ。暗くなってくるし、人も居まい。都合がいい。お前も運び出すの手伝え!そっち持て!」
「うん、済まない……。」
弟は気が弱いらしく、涙を見せていた。
「泣いたって始まらないんだよ。全く、ドジが。」
まだ少し人としての温もりを残した声で、兄は弟に零していた。
陽は傾き、辺りはだいぶ暗くなって来ていた。
倉庫の中にはシャベルがあった。
無造作に手に取りそれぞれ脇に抱えると、森まで黒い包みで覆った遺体を運び、二人して穴を掘る。
黙々と。
二人共指紋を残さないようにと、犯行前から薄手の使い捨てゴム手袋を付けていた。
用意周到、もちろん兄の思い付きである。
強姦殺人だ。
捕まれば量刑は、大変重い。
何としてでも、逃げ延びなければ。
この時の二人は、そんな気持ちでいっぱいだった。

ひよこは、心配だった。
風の噂、つい先日お世話になった恩人の女性が、屈強な男に付け狙われているというのだ。
ついこの間の事。
足を怪我していたひよこは、痛みに耐えきれず泣きながら飼い主を探していた。
ただ、ひよこの言葉を分かる人間は、世の中にはごく少数。
出会える確率は、限りなくゼロに近かった。
そんな中出会ったのが、先頃空の星となった女性獣医師だ。ひよこと出会った時、彼女はハイキング中だった。
ひよこの言葉は分からなかったが、その怪我を見て、治してやる事にした。
元から飼うつもりはなかった。
マンション住まいなのだ。
鶏になられても困るのである。
だから怪我を治したら、はなからハイキングをしていた森に戻すつもりだったのだ。
何故森にひよこが、と疑問には思ったが、他に方法も思い付かなかった。
ひよこの怪我も治り、いよいよお別れの時。
ひよこは離れたくなくて泣いていたが、その気持ちまでは獣医師には伝わらなかった。
そんな時だった。
大柄な男二人組が近付いて来る。
ひよこは警戒して素っ頓狂な声を上げるのだが、二人組の片割れに放り投げられてしまった。
幸いこの時には、落ち葉のクッションがあったお陰で、ひよこに怪我はなかった。
その一部始終を見ていた女性獣医師、毅然として兄弟を追い払った。
兄弟は性行為目的で声を掛けていたのだ。
だが、特にしつこかった兄の方が女性獣医師からビンタを受けた事で、彼本来の冷酷な一面があらわになってしまう事となる。

男達、その場は引き下がった。
まだ日が高い。
彼女が森から帰るまで待とう、それが兄の方の出した結論だった。

獣医師、転がっていたひよこを手のひらに乗せると、そっと頭を撫でるのだった。
「大丈夫みたい。良かった。」
そう言って獣医師は、ひよこを森に放してやる。
ひよこは、心底から心配していた。
何しろ、先程の兄の方の目付き、尋常ならざるものがあったからだ。

ひよこの懸念は、的中してしまった。
その事を、当のひよこはまだ知らない。
だが、虫の知らせとでもいうのだろうか。
嫌な予感はしていたのだ。
そしてその後、ひよこは怒りに打ち震える事となるーー。

あくる日。
女性獣医師の捜索が、本格的に始まった。
獣医師には旦那がおり、彼からの通報で警察が動いたのだ。
明久と和成は、ひよこを連れて現場の森に忍び込んでいた。
ひよこの友達の小鳥が、獣医師失踪の情報をくれたのだ。
まだ警察は、森が遺体を埋められた現場であるとの確証は、持っていない。
それでもひよこは、ここなら埋める場所としては申し分ない、そう思っていた。
ひよこは、獣医師が残念ながら生きてはいないと、確信していたのだ。
何としてでも犯人を見つける、ひよこはそう固く心に誓うのだった。

ひよこは、あの時の二人組の顔をはっきりと覚えていた。
その二人組が犯人に違いないと、そう思っていた。
だが、証拠がない。
ひよこは思い立って、明久に言った。
「僕、一部の森の動物達とも話せるんだ。森中を、僕を持って歩き回ってくれないかな?僕は森の動物達に声を掛け続けるよ。お願い!」
ひよこの真意を理解した明久は、和成と共に森中を彷徨い始めた。
ただ、森の動物達皆が話せる訳ではない。
それから三時間。
もう無理か、一同が諦めかけたその時。
「ひよこさん、ひよこさん。」
ふと足元を見ると、色鮮やかな綺麗な蛙が、ひよこに話し掛けているではないか。
明久にもその声は聞こえる。
明久は和成にも分かるようにと、その手を握った。
蛙は言う。
「この真下に、大きな黒い包みが埋められているょ。それを探しているのかな?」
ここで、絵の得意な明久が提案した。
「僕が包みを埋めた犯人の似顔絵を描くよ。ひよこちゃん、蛙さん、特徴を教えて!出来るだけ詳細にね。」
「了解したょ!」
こんな事もあろうかと、明久、鞄の中に小さなスケッチブックとペンを忍ばせておいたのだ。
念の為の備えがここで、役に立った。

時間を掛けて入念にスケッチ。
それを見たひよこと蛙、声を揃えて「そうそう!」と叫んだ。
ここで蛙が一言。
「包みを埋めた二人組、互いの事を“てつじ”、“じんた”と呼び合っていたょ。」
「それだ!すぐに警察に行こう!森には、散歩に来ていた、という事にしよう。」
ひよこを鞄の中に入れると明久、蛙にお礼を一言。
蛙はぴょん、と一回飛び跳ねた。

その日の夕方ーー。
警察は件の場所を掘り返していた。
明久と和成の証言通り、黒い包みが出て来た。
中に入っていたのは予想通り、獣医師の遺体だった。
「出たぞー!」
「間違いない!」
俄かに辺りが騒がしくなる。
その声に紛れて、ひよこの啜り泣く声が微かに、風に乗った。
それを聞いて明久は、何とか犯人が捕まって欲しい、そう思うばかりだった。

兄弟には、強姦の前科があった。
身元は、割れた。
似顔絵と、蛙が教えてくれた名前のお陰だ。
だが、その住まいには既に人の気配はなく、兄弟が逃避行をしている事は明白だった。

ひと月以上経って、指名手配された。
それから程なくして、兄弟は捕まった。
九州の、福岡での事だった。

兄弟は幼い頃に両親を亡くし、以降親戚の家々をたらい回しにされて来た。
素行が悪く、何かある度に堪りかねた親戚の人間に、見放されてしまう。
特に思春期を迎えてからは、女の子に対する性的暴行を繰り返してばかりだった。
事の最中に写真やビデオを撮れば、被害者は黙っていた。
泣き寝入りする他なかったのだ。
だが兄弟が二十歳を過ぎた頃に、ある勇敢な被害者が警察へと駆け込んで、事態は急転した。
兄弟は、前科者となった。

出所後しばらくの間、兄弟は真面目に働き、真面目に生きていた。
それでも根っからの悪の事、ストレスが溜まる一方だった事もあり、次第に生活は荒廃していった。
そんな中での、獣医師との遭遇。
獣医師にとっては、不幸だった。
獣医師は子供を宿していた。
夫は来る日も来る日も、悲嘆に暮れていたーー。

後日。
事件の解決に協力してくれた蛙に、明久は声を掛ける。
「ねぇ蛙さん、良かったらうちに来ない?みんなで住んだら、きっと楽しいょ。」
「いやぁ、いいょ。ここの方が住みいいからね。また遊びにおいでょ。」
「了解!色々、ありがとね。」
念の為に明久が住所を教えて、蛙とは一旦お別れ。
だがこの後、もう一つの事件が起こる。
その目撃者となる蛙は、再び明久達とタッグを組む事になるのだ。

休日。
獣医師の強姦殺人の現場ともなった古い空き倉庫、その近くまで蛙は散歩に来ていた。
そこで蛙は、驚くべき光景を目の当たりにする。

倉庫の中から物音がする。
蛙はそっと気配を消すと、サッシの近くまで忍び寄った。
引き戸は完全には閉まっておらず、隙間から中を覗き込んだ。
次の瞬間、蛙は凍り付いた。
中学生位だろうか。
痩せ型の三人組が、一人の太った子に暴行を加えているのだ。
急がねばならなかった。
中の様子から察するに、もう一刻の猶予もない。
これは大変とばかりに蛙は、明久達の住むアパートへと駆け出すのだった。
途中、同じ方向に向かうトラックの荷台に乗って、ショートカット。
十分程でアパートへと辿り着いた。
部屋が一階で幸いした。
窓の方に回り、ケロケロと鳴いてみる蛙。
程なくして、明久が窓を開けてくれた。
「やぁ蛙さん、どうしたの?」
「中学生位の太った男の子が、三人組に暴行されてるんだ。場所は森の近くの空き倉庫。早く助けないと男の子が死んじゃう!」
これを聞いた明久、すかさず警察へと通報する。
その後明久も、和成やひよこ、蛙と共に現場へと急ぐ。

間に合った、というべきか。
少なくともまだ亡くなってはおらず、被害者の少年、辛うじて息があった。
警察が加害少年を取り押さえる。
被害者の少年はすぐに救急搬送された。

事情聴取を受け、帰宅する明久達。
皆、無言である。
蛙も今日は同行していた。
事件が続発した森には怖くて居られないというのが、その理由である。

被害者の少年は、ゲイであった。
可哀想に、暴行によって後遺症が残ってしまった。
加害者の三人組は、被害者の二つ上の学年の、同じ学校の生徒達。
弟が被害者の少年と交際している事に腹を立てたリーダーが、子分二人を引き連れてターゲットを呼び出し、暴行したのだ。
病院には、被害者の交際相手の少年が毎日のように見舞いに訪れていた。
被害者の少年は、右手に麻痺が残ったが、意識は清明だ。
利き手なのが辛い所だが、怪我の割には障害は、浅かった。
交際相手の少年が自分を見捨てないで居てくれた事が嬉しかったらしく、被害者の少年は毎日、笑顔だった。
明久達も見舞いに訪れた。
同じゲイ同士、年は離れていても、分かり合えた。
「これからもずっと、仲良く居られるといいね。」
和成の言葉に、少年二人は大きく頷いた。

それからは毎日が平和で、皆で楽しく暮らしていた。
ひよこにはピヨ、蛙にはケロと名前を付けた。
特にピヨは、二人からずっとひよこちゃんと呼ばれていたから、名前が付いてそれはもう、嬉しかった。
二人は、警察から感謝状を貰った。
嬉しかったが、本当はピヨやケロにあげたかった。

これからは賑やかな日常が、二人を待っている。
ピヨ、生まれては来たものの雄のひよこなので殺処分されそうになり、命からがら逃げ出して来たのだ。
それからは餌を探すのも一苦労で、明久に出会った時は本当に、必死だったのだ。
だが、もう心配はない。
ケロ共々、長く幸せな暮らしが待っている。
喋る動物は、長生きなのだ。
ふと、和成の頰にキスをする明久。
ピヨとケロの前でだ。
「こんな所で始めないでょ!」
ピヨはそう言うのだが、ここは一応家の中。
お構いなしだ。
幸せな二人、ピヨとケロも揃って、ますます絶好調なのだ。
ピヨやケロと出会ってから季節は流れ、いよいよ冬が近付いて来る。
二人は、毎日何を食べるかで頭がいっぱいだ。
もちろん、ウインタースポーツも楽しみの一つ。
忘れられない日々が、これから先もずっと続いてゆく。
きっと、もっと幸せになれる。
そう思えた二人に、神様はきっと、微笑んだ筈だ。
何しろ、ピヨとケロはもしかしたら、神様の使いなのかも知れなかったのだからーー。

お・し・ま・い

安直なタイトルではありますが、一応、考えた上でのものです。
タイトルはいつも難しいです、被らないようにするのが。
まぁ被っても支障ないのかも知れない訳ですが、なるべくなら被らないようにしたいのです。
話の内容は、うちの王道、喋る動物ものです。
楽しんで頂けましたら、幸いです。
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