完結編

一月初旬の夜。
湿った雪が降りしきる。
歩道には既にそれらが積もっていて、やがては凍りつく事を予期させた。
明日、転ばずに歩けるだろうか。
そんな心の騒めきとは裏腹に、静かな裏道。
誰も居ない事をいい事に、二人、そっと手を繋ぐ。
体は芯まで冷えているのに、心がぽかぽか温かい。
思えば、いつかこんな日が来ないものかと、微かな望みとともに待ち侘びていた事もあった。
何故だろう。
こんなにも寒い夜なのに、まるで熱病にうかされているかのようだ。
こうした時には決まって、春希くんの事を思い出しては心がチクリと痛むのだが、夜になって寝たら寝たで、今度は青丹さんを裏切っているような気分になるのだから、それはそれで困ったものだ。
しかし、そうした事に意識を取られている場合でも今はない。
一歩一歩踏み締めて、しっかりと歩かないと、次から次へと降り積もってゆく雪に足を取られそうになるのだ。
おれも青丹さんも雪国の生まれではないし、ここには滅多に雪は降らないから、こうした事態には二人とも慣れていないのだ。
戸惑いながら、しかし静々と湧き上がる喜びとともに、こうして新たなる年はそっと幕を明けたのだった。

青丹さんとの再会からおよそ二ヶ月。
おれ、海松 猛は引っ越す事になっていた。
青丹さん、結婚中は賃貸マンション住まいだったようだが、先日のおれとの再会を機に、築二十年の中古マンションをローンで購入したのだ。
間取りは2LDKで広さは55m2。
至って普通の物件だが、おれは心がもう沸騰しそうだった。
青丹さんが購入してローンの返済もするので、
おれは生活費を入れる事で家計を支える。
料理も青丹さんがやるので、
おれは掃除と洗濯の担当だ。
というか、昔から不器用なので、包丁は持たない事にしている。
二人のボーナスが出た直後という事もあって、新居の家具と家電は全て新調する事となった。
家具はニトリで購入。
お安く浮いた分を家電の購入に充てるという算段だった。
が。ここで凝り性のおれたちの悪い部分が炸裂する。
「ロボット掃除機欲しいよねー。三台は要るね。」
「洗濯機は当然ドラム式だよね。」
「冷蔵庫は5ドアの冷凍室の大きなやつ。」
「オーブンレンジはもちろん赤外線センサー搭載のカラータッチパネルのやつね。」
「炊飯器は十万円はするやつがいいょ。」
「テレビは50インチ以上の4Kね。」
「レコーダーはとにかく容量の大きいやつ。」
もうね、予算なんて吹っ飛びました。
物凄い金額。
ついでにiMacとiPad Proも購入。
おれたち、このまま破産するのだろうか?

実はもう一つ、大きな出来事があった。
おれたち、養子縁組をする事にしたのだ。
いわゆる同性婚、ってやつかな。
週末、それぞれの両親に挨拶に行ったのだけれど、反応が面白い位に正反対で驚いた。
おれは実の両親は亡くしているので義父と義母に報告したのだが、二人共自分たちの事のように喜んでくれた。
厄介だったのは予想通りに青丹さんの両親だった。
親である自分たちの勧めたお見合いで結婚したのに、子供も作らずに離婚し男と養子縁組をする。
確かに、見ようによっては勝手な生き方かもしれない。
だからか、報告の場に流れていた空気は、それはそれは冷たいものだった。
「お前なんかのたれ死んでしまえ!遺産もやらん!」
「好きにすればいいけど、もううちの敷居はまたがせないから、そのつもりで。」
事実上の義絶宣言であった。
それでも持参した養子縁組届の証人欄にはサインしてもらえて、とりあえずはいっちょ上がり。
その日はもう夜も遅かったので、帰りにカクテルの美味しいバーに寄って、一息ついたのだけれど、そこで青丹さんの緊張の糸が切れた。
「俺、今まで何のために生きてきたんだろうな、結局、親に孫の顔さえ見せてやれなかった。でも、どうしてもさ、無理だったんだよ。俺、やっぱりゲイだしさ。」
カウンターに突っ伏しながら肩を震わせて、切れ切れに話す青丹さん。
今はただ、背中をさすりながら側にいて、話を聞く位しかおれに出来る事はなかった。

翌日の日曜日、おれたちはデパートの宝飾品売り場にいた。
あれば何かと便利だろうという事で、結婚指輪を作る事にしたのだ。
それにしても、どれもこれもいい値段だ。
見ていて眩暈がする。
結局売り場で一番安い指輪を選び、サイズ調整のため一ヶ月後に受け取る事になった。
「みる、ヤバいぞ。金がどんどんなくなる。」
「こんな事なら家電、もちっと安いのにしておけば良かったね。もう寿命だけど、車の買い替えは諦めようか、青丹さん。」
「そうだな、必須という程必要な訳じゃないしな。」
それでなくても青丹さんは今、お金がない。
離婚時に貯金を取り崩して数百万円の慰謝料を支払ったというし、言うまでもなく家を出たのは青丹さんの方だ。
それも着の身着のままで。
それでも、おれたちは幸せだった。

そして次の大安吉日、平日なのだが。
いよいよ二人揃って有給を取って、区役所に養子縁組にまつわる各種届け出をしに行く事になったのだ。
それから何日かが経ち、届け出の日が近付くにつれて、おれはそわそわして夜寝付けなくなった。
「みる、そんなに緊張してると眠れないぞ。明日の仕事にも差し障るから、早く寝ろな。」
「うん、分かったから腕枕!」
「おしおし。そういえば久々だったな、腕枕。」
「あー、やっぱりこれ、落ち着くなー、、、。」
そのまま寝落ち。
これ以来、毎日の腕枕は日課となった。
ちなみに来月末には新居への入居が決まっている。
家具や家電はダンボールのままで既に積んであるのだが、水周りのちょっとしたリフォームなどがあったので、それが済むまで待っているのだ。
リフォームの日数を考えずに二人のボーナスが出た勢いで家電を購入したのは、正直反省している。

という訳で、それまでの間青丹さんは、おれの部屋から出勤。
で、待ちに待った区役所への養子縁組の届け出日。
区役所に着くなりまずは戸籍課に行って書類を提出。
次に住民票の作成などの諸手続き。
ここでおれが青丹さんに提案。
「青丹さん、お互いの勤め先の電話番号交換しようよ。」
という訳で、待ち時間にサクッと番号交換。
これでいよいよ家族になるという実感が湧いてきた。
「これでお前も青丹 猛だな、これからも末永くよろしくな!」
そう言われて、もう感無量である。
思えば、心のどこかで、いつかこんな事が起きないかと、夢見てきた。
それが現実のものとなって、今、幸せ過ぎて怖い位だ。
区役所からの帰り際、ロビーで。
青丹さんからのフレンチ・キス。
そうだ、おれも今は青丹だった。
家族になれたおれたち。
結婚式もないけれど、心は相変わらず寒さにも負けずに、ぽかぽか温かい。

「なぁみる、新婚旅行は何処にする?」
「いーさん、マルタ!と言いたい所だけど、休みも取れないしお金もないから、二泊三日で伊豆か箱根!」
「それがいいな。でもいつか一緒にマルタ、行こうな。」
新たな夢がまた一つ。
その後、指輪が届き新居への引っ越しも済んだおれたちは、引っ越し祝いにささやかなパーティーを二人でする事になった。
「いーさん、トシ・ヨロイヅカのケーキ買ってきたよ!奮発しちゃった。」
「おれはモエのシャンパンとローストビーフ他色々、デパートで。」
新居の便器はタンクレスへと変わっていた。他にも水周りには若干の変更点がある。
壁紙は水色に変わり、リビングには造り付けの棚も誂えてもらって、もうすっかりおれたち色の新居だ。

「かんぱーい!」
おれたちはこの新居でこれから、海松色の日常を紡いでゆく。
それはきっとずっと、どちらかが倒れるまで終わる事なく続いてゆくだろう。
これからは二人手を取り合って、前だけを向いて歩いてゆくんだ。
そう二人で決めたから、きっとおれたちの前には広く長い道が果てしなく続いてゆく。
まずは、もうすぐ新婚旅行だ。
結局、箱根に行く事になったおれたち。
目の前のご馳走を平らげながら、おれたちの意識は早くも大涌谷へと飛んでいるのであった。

時は過ぎ二月も終わる頃、春の足音とともにおれたちの新婚旅行の季節がやって来た。
青丹さんがレンタカーを借りてくれたので、道中、それはもう楽ちんだった。
春希くんの事は青丹さんも知っている。
知っていて、怒らずに後悔している。
昨日の晩は春希くん、何だかしんみりしていたような。
どうしてだかはわからないが、気掛かりだ。
だというのに、旅行気分で浮かれていて、俺たちはいつの間にか舞い上がっていた。
そう、調子に乗っていたのだ。

それから三十分も経たなかった。
運転は青丹さん。
おれも一応免許は持ってはいるが、いわゆるペーパーなので危険なのだ。
しかし事態はそれどころではない。
目の前を走っていた大型バイクが横転。
避けようとした青丹さん、車をガードレールにぶつけてしまう。
その一瞬前に、車内に春希くんの叫び声が轟いたのを、俺たち二人ははっきりと聞いていた。
それで青丹さん、間一髪、ハンドル操作を誤らないで済んだのだ。
幸いにもこの事故で大怪我をした者は誰も居なかった。
不幸中の幸いだ。
しかしおれは聞いてしまう。
春希くんのさよならの声を。

旅行は中止となった。
JAFがやって来たり警察の取り調べがあったりして、正直それどころではなかった。
だが、おれは気が急いていた。
春希くんが危ない、そう思えてならなかったのだ。
もしかしたら春希くんは命を賭けておれたちを助けてくれたのかもしれない、あらかじめこうなる事をどこかで予感していて……。

悪い予感は的中した。
春希くんが入院していた病院に向かうと、あの子はもう既にこの世にはなかった。
付き添っていたあの子のお母さんが言う。
「入院費用がバカにならなくてね。孝行息子だったのよ、自慢の。家族を苦しめずに、こんなにも早くに、綺麗な顔で旅立ってくれたんですもの。」
その言葉を聞いて、おれと青丹さんはその場に崩れ落ちた。
最期を看取る事さえ、出来なかった。
可哀想で、あまりにも可哀想で!

でも、きっと大丈夫。
肉体は存在しなくなっても、あの子のやさしさと笑顔は、少なくともおれの心の中には、いつまでもいつまでも残るから。
春希くんはきっと、俺たちに幸せになって欲しかった筈なんだ。
だからこそこれから先は何があっても、生きて、生きて、生き抜かねばならない。
それがあの子を弔う唯一の方法なのだから、わがままでも構わない。
わかりきった事なんだ、だから、ねぇ、青丹さん、そんなに悲しい顔をしないで、ともに前を向いて歩こうよ、ねぇ!

葬儀に参列し、その後墓参りにも時々行くようになったおれたち。
あれからおれは春希くんの前では決して、決して泣かなかった。
なに、強がるのはこう見えても慣れているんだ、なんて事はない。
男は泣かない、そう決めたから、春希くんの眠る場所の前で約束したから、いつでもとっておきの笑顔を見せるって約束したから、だから、おれは命を賭けてでも笑うんだ。
こんな時青丹さんは泣き虫だなぁって思うんだ。
これはおれが青丹さんに勝った初めての事。
一頻り挨拶を交わしたら、青丹さんの背中を摩って、撤収。

おれは何が何でも青丹さんに付いてゆく。
それが春希くんとの最後の誓いだったから、おれは決して裏切らない。
これが最後の恋だと決めているから、胸を張って言おう。
おれたち、幸せなんだ、何が何でもそう言おう。
もうすぐ春がやって来る。
春希くん、きみの季節だよ。
そしてそれはこれからは、おれたちの季節でもあるんだーー。

大丈夫、幸せになれるさ、まだ、きっと、みんなでーー。

-完-
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