最後の審判 前編 [EDITED archives]

前口上

おれの人生、転んでばっかりだ!
空回りの得意なおれ、肝心な時に、うまく行きやがらねぇ!
人はおれの事を猪(猪突猛進)だとか鶏(三歩歩くと忘れる)だとか言いたい放題言いやがるが、おれだって頑張ってるんだ!
だから、ちょっとは、うまく、ころがれぇー!

*****

昔、おれには好きな男がいた。
おれはそいつを、本気で愛していた。

そいつとの別れから丸五年、今年で六年目……。
当時、中途半端なデブである事にコンプレックスを持っていたおれ、海松 猛は、体重を何とか、105kgにまで増やしていた。
おれは、内心では、格好良く痩せたいと思っていた。
だが、高額なダイエット用ドリンクとエクササイズのDVDでダイエットを試みるも、無理である事を悟ったおれは、ならばと更に太ってみる事にした。
おれの心の中には抵抗もあったが、元々中途半端には太っていたので、『どうせ痩せているのではないのだから』と、無理矢理に自分を納得させる事にしたのだ。
不調により一時服用していた、向精神薬の副作用も手伝ってか、おれの体重は、緩やかに増加のカーブを描き続けた。

体重が増えたお陰で、昔よりは出会いに不自由しなくなったおれだが、特定の男と付き合うまでには至らず、この五年の間はずっと独り身のままだ。

『ん?もうこんな時間か……。』
朝目覚めると、おれは大きく一つ欠伸をする。
部屋の時計の針は、十時半を指していた。
今日は休みで予定も特にないのだが、このまま眠っていては、何もしない内に一日が終わってしまう。
まだ眠さの取れないおれは、のそのそとベッドを抜け出すと、パソコンデスクの前の椅子に、どかっと腰を掛けた。

パワーボタンを押し、少々時代に取り残された感のある、ガタのきた相棒をスリープから目覚めさせると、画面にはログインウィンドウが現れる。
このパソコン、画面の周りだけ黒枠なのが妙に鬱陶しい。
いっその事全部真っ黒にすればよかったのに、とも思ったのだが、そういった類のマシン、すでに有ったのだった。
まぁ、高過ぎて手も足も出ない訳だが。

うちにあるのは出たばかりで買った21.5インチのiMacだが、もうすっかり寿命だ。
いっそのことすぐにもマシンごと買い替えたいのだが、生憎今の所、おれには金がない。
つい先日も、携帯を新しいiPhoneに買い替えたばかりだし。
『テレビだって、そろそろ新調しねえとな……。』
最近の電化製品は、足が早すぎて困る。

おれはスクリーンセーバーを解除し、無意識のうちに、薄っぺらいトラックパッドを上方向に四本指スワイプする。
それだけで、重なり合っていた無数のウインドウは四方に散らばり、そうしておれは、何も考えずに目的のブラウザウインドウにアクセス出来るという訳だ。

もう使わないからといって、ログアウトやシャットダウンをする習慣がなく、作業を終えたからといって、アプリケーションを終了させる事も特にしないおれには、なかなか便利な機能だ。
仮想デスクトップのような機能もあるにはあるが、全画面表示が思いの外便利な事もあり、ウインドウは増えるばかりだったからだ。

大して美味くもないチルドコーヒーを冷蔵庫から取り出すと、おれはただ惰性でタブブラウザのリンクを片っ端からクリックし、手当たり次第にファイルをダウンロードしていく。
既にダウンロードフォルダには、動画とか画像とか、よく分からない.zipとか、いろんなものが無数に詰め込まれていた。

「げ……。」
おれは、夥しい数の落としたファイルが、整理もされないまま、散らかり放題なのに気付いて、肩の力が抜ける。
「めんどくせえ……。」

デスクトップなどの目に付きやすい場所はさすがに、あまり散らかしたくないので、おれのパソコンは、一見すると綺麗に整理されているようにも見える。
だが、ズボラなおれは、普段目に付かないフォルダは、無数のファイルで散らかっていても、そのままずっと放ったらかしにしてしまう。

おれには、普段の部屋の片付けの時にも、床やベッドに散らばったものを取り敢えずクローゼットや戸棚に放り込んで、安直に済ませてしまうという悪い癖がある。
だからおれの部屋は、一見すると綺麗なのだが、きちんと整理が出来ていないので、どこに何があるのか分からない事もしばしばだ。
昔はマメに整理していたような気もするのだが、最近はそんな気力もない。
きつい仕事のせいでもあるが、青丹さんとの別れのダメージも、途方もなく大きかった。
だから取り敢えずは、見えるところだけ片付けばそれでいい。
要するに、臭いものに蓋をするようなものだ。
仕方ないのだ。

おれは、好物のミルクレープを頬張りながら、片手で頬杖を突いて、収拾のつかなくなったフォルダを眺めていた。
『めんどくせえな!』
しばらくの間どうしたものかと考えていたおれは、開き直って、結局何もしない事にする。
『ま、後で検索でもかければいーか、今日びフォルダ分けとかタルくて有り得ねえし……。』

そう、今時のMacやPCなら、どこに保存したかをいちいち覚えていなくても、検索をかければ一発で探し出せる。
最近のOSは軒並み検索機能が充実しているので、おれのような人間にはありがたい。
この頃はいざとなれば、メタデータに基づくスマートフォルダなんて機能もあるから、手動でフォルダ分けなんてはなからする必要がないのだ。
だいたいおれは、いちいちマニュアルを読んだり、考え込んだりしながらパソコンを弄るのが苦手だし、嫌いだ。
楽しければそれでいい。
PCではなくわざわざMacを使っているのも、PCの方がやや煩雑な印象を拭えなかったからだ。

『ファイルの整理なんかやりたくねぇ、ウイルスなんかに振り回されるのもごめんだ!めんどくせえのは現実だけで十分だ!』
これはおれのまごうかたなき本音だ。

で、そんなことをしながらおれは、男もこんな風に簡単に検索出来たらいいのにだとか、別の事を考えている。

思い立って、落とした動画を適当に選んで再生してみると、大した内容ではないのだが、おれの息子は一応、いっちょまえに反応している。
本当はもうちょっとエロい絡みのある動画がいいのだが、結局興奮したおれはパンツをずり下げると、陰毛に結構な部分が隠れてしまう屹立した自分の息子を視界に入れて、大きくひとつ溜め息を吐いた。
『まぁ、この大きさじゃあ、どの道タチは難しいな……。』

以前と比べてデブさを増したお陰で、そこそこ相手にされるようになったおれだが、それと引き換えに、元から小さかった息子は、いつの間にか更に肉に埋もれてしまい、情けない事この上ない。
この世界ではウケの人間の方が多いので、タチに転向出来たらもう少しモテそうなものなのだが、この大きさでは如何ともしがたい訳で。
これはもう、悩める乙女心なのだ。

スピーカーからは悩ましい声が部屋に響き、画面上では男達が蠢いている
変わり映えのしない、いつもの光景
そんな部屋の中で、全裸で椅子に踏ん反り返るおれは、意を決して立ち上がり、床にずり落ちてしまった先走りの付いたトランクスを、持ち上げて穿き直す。

いつものように自慰行為で済ませてしまっても別に構わないのだが、おれは人肌が恋しかった。
おれは今、無性にHがしたい。

出会い系で募集をかけ、取り敢えず安直に性処理を済ませる事にしたおれは、いつものサイトをブックマークで呼び出す。
当たり障りのない文面で誘いつつ、おれは返信のメッセージを待つ。

しばらくして、おれは返信のメッセージをチェックするために、画面下のアイコンをクリックした
精緻なデザインのアイコンが威勢良く飛び跳ねるが、大して気が紛れる訳でもなく、おれは少しイライラする。
まぁ、マシンが古いのだから、仕方ない。

開くと早速、新着メッセージを受信していた。
性欲に絡め取られたおれは、それをそそくさと開いてみる。
一通り目を通すと、単純なおれは浮かれていた。
テカりの鬱陶しい画面に映し出されているのは、言うまでもなく、おれが出会い系に載っけた募集への、返信のメッセージだ。
『プロフは……年齢が少し気になるけど。後はまあまあだな、おーし!』
おれは早速、返事のメッセージをいそいそと打ち込む。

パソコン歴八年のおれだが、ただだらだらと弄るばかりで、何も覚える気が起こらず、未だにタッチタイプすら満足に出来ない。
しかし、キーの場所を全く覚えていない訳でもなく、こんな時ばかりは、なかなかのスピードで打ち込める。
出来る事ならば今日中に誰かと会いたい、そう考えていたおれは、打ち込んだばかりのメッセージを、急いで送信した。

「脈有りなら、いいけどなぁ。」
残り少なくなったコーヒーを一口啜ると、更なる返信を待つおれは、そう呟きながら、軋む椅子に深く腰掛ける
『画像交換とか持ち掛けられたら、めんどくせえな…』

おれは、画像交換が嫌いだ
写真写りが最悪なので、こちらが先に画像を送ってしまうと、相手の画像はおろか、返信さえも貰えないまま、音信不通になってしまう事も、ままあるからだ。
実際に会う段階にまで漕ぎ着けた相手からは、社交辞令とはいえ、これでも一応、可愛いとか言われた事も結構あるので、おれとしては極力、画像交換は避けておきたい。
だいたい、わざわざ画像まで送って断られるくらいなら、何も送らずに自然消滅した方が、よっぽどマシなのだ。

『まぁそもそも、今日びHの相手探しに、出会い系だなんて、流行らねえか……。』
でも、最初から最後までSNSというのはおれには難しかったし、ハッテン場は病気が怖かった。
飲みに出れば素敵な相手に巡り逢えるのかも知れないが、昔初めて行ったお店で店子とケンカになって以来、飲み屋はトラウマになっていたのだ。
男と別れた直後で、少しばかり荒れていたから、その時のおれの態度にも原因はあるのだが、そもそもおれ自身の性格が、飲み屋にはあまり向いていないのではないかとも思えてきて、今でも何となく避けてしまう。
そしてナイトはといえば、ノリが苦手だった。

それでもあわよくば、どーにかして彼氏なんて出来ないものだろうかと都合のいい事を考えて、その度に、昔付き合っていた男の顔が、青丹さんの優しい顔が目の前にちらついて、おれは深い溜め息を吐いていた。

その日の夕方、広めのワンルームの一室。
おれは姿見の前で服選びをする。
昼間メールでやり取りしていた奴と、これから会うのだ。

正直に言えば、期待している部分もある。
『ま、久々だしな……。』
所詮はHだけの関係だ。
選り好み出来る立場にもないし、とにかく抱かれたいので、見た目は二の次でいい。
優しさなんて期待していないし、愛なんてなくていい。
気持ちよければ、それでいい。
そう思うおれの意識は、既に曇っていた。

火照る体、高鳴る鼓動を意識しながら、白いコットンレーヨンのシャツを羽織ったおれは、ハンガーにぶら下がったジャージ素材の黒いジャケットに袖を通し、黒い棒タイを太く短い首に掛ける。

腰の辺りが疼く。

いつものグレーのアンクルソックスを履くと、ストレッチ素材の黒いパンツにぶっとい脚を無理矢理に押し込む

昔は、あまり丈夫じゃないような気がして、ストレッチ素材のパンツは好きじゃなかった。
尻がでっかいから、屈むと、尻の割れ目の部分が裂けてみたりするのだ。
しかしこの頃は、少し歳を取ったせいか、ストレッチしないとかなり窮屈に感じる。
かといって、体の線が出ないのも嫌なのだ。
せっかく太った体、存分にアピールしておきたい。

そうして、オイルドコットンの、お気に入りの黒いハットを被る段になって、ようやく、自分が黒ずくめである事に気が付く。
『ああぁ。』

汚れが目立たず、情けない自分の存在も目立たず、心なしか締まって見えるせいか、それともおれの心が何かに反応するせいか、気が付けば、おれのクローゼットには黒い服ばかりが増えていた。
そのせいもあってか、生まれてこのかた、おしゃれに見られた事なんて、一度もない。
欲しくなるような服は、どうせとても手が届かないし、ま、別にいいのだ。
『ま、デブだからどーせろくに似合う服もないしな!』

そういえば“服飾情報誌”も、お気に入りの雑誌が廃刊になってから、すっかり手に取っていない。
元々、「ファッション」だとかそういう浮ついた事柄には、まるで興味がないのだ。
『デブで結構、ダサくて結構』っと!

黒いiPhoneをポケットに無理矢理押し込み、黒い無線イヤホンを耳に掛け、先のぽってりとした丸い黒い革靴を履く。
鞄の類があんまり好きではないので、今日も手ぶらだ。
だいたい、男のくせに、小振りで洒落た、財布とケータイくらいしか入らないようなブランド物の“バッグ”を見せびらかすだなんて、ちゃんちゃらおかしいだろうと、自分では思っている。

頭が、カッタいのかもなぁ……。

玄関脇の靴箱の上に乗る、青いオードトワレを頭上に振って、おれの戦闘準備は整った。

ファーストインプレッション。
『好みじゃない。』
見た瞬間に感じた、偽らざる感想。
流れに逆らわず、流されるままに身を任せようと思っていたのに。
『嫌だよ、こんな奴。』
高飛車な自分が、身の程も弁えずに心の中で呟く。

挨拶に続いて、当たり障りのない会話を二言、三言交わして。
しばしの沈黙が、何となく流れて。
「どうですか?」
そんな風に聞かれて、改めて顔を見るまでもなくて。
『冗談じゃねーでしょ!』なんて心の中では呟いていて。
しかも目線を逸らしたままの状態で。

「あ、なんか、カッコいいですね、あ、おれなんかでよければ、ぜひぜひ。」

なんて、心にもない台詞が、ついうっかり口をついて出てしまって、社交辞令で。
で、結局、流されるがままに古めかしい格安ファッションホテルに流れ着いて。
もう後悔し切りなのに、何の抵抗も出来なくて。

で。
取り立てて狭くもないが、綺麗でもなく、ましてや何の感動もなければ面白みもないラブホテルの一室で、おれはひとりシャワーを浴びていた。

もちろん、ジャグジーでもなければ水中照明もなく、多機能シャワーもなければ浴室テレビもない。
ま、男同士で入れるホテルなんて、どこもこんなものなのだろう。

しかし無駄に広いのね、持て余し度MAX!

一応ね、とシャワーヘッドを外して、尻の肉を掻き分けて、先っぽをおもむろに押し当てる。
お決まり通りに、水圧で中にお湯が入ってくるのだが。
「んー、やべぇ、調子悪いかも。」
一応、普段から食べるものには気を遣っているつもりだが、まぁ、たまにはこんな事もあるのだろう。
『ま、どーせ相手も面倒臭いんじゃねえのか?』
おれは何だか、投げやりになる。

大体、バックとかそういうのは、入れる方にしたって、汚ぇんじゃねえのとか、性病がどうだとか、そんな事が気になって、意外とない場合も多いんじゃないのかと、おれは思っていたりする。

浴室を出て、ベッドの縁に腰掛けると、大した会話もなく、おれたちは事に及ぶ。
実は、会って最初に目を合わせたのを最後に、今の今まで一度も、相手の顔を見ていない。
怖くて見れないのだ。
ま、今更見て後悔しても手遅れだし。
可愛い女の子じゃあるまいしな。
でもこれで下手くそだったらどうしてくれよう。

当たり前のように押し倒されて、一方的に全身に舌が這い回る
相手の手が下着に掛かり、「小さいね」とか「(ちんちんが)可愛いね」とか言われたらこいつ突き飛ばしてやろうかなどと、変な妄想が頭をよぎるものの、そこまでデリカシーのない相手でもなかったみたいで。
もうどうにでもしてくれなどと思っていると、「(顔が)可愛いね」などと不意打ちの台詞が耳に届く。
身体ならまだしも、どうなんだろうね。
まぁ時々は言われるから、嘘ではないのだろうけど。

しかし、どうしたものだろう。
ちょっぴり嬉しい台詞の筈なのに、素直には喜べなくて、むしろ何だか可笑しくなってしまった。
でも、途中である事に気が付く。

『あ、なんだ、上手いじゃん。』

相手は、胸揉んだり腹の肉掴んだり、いろいろ楽しんでいるみたいなんだけど。
なんか、余裕ない。
弱いとこばかり責められて、どこもそこも性感帯になったよう。
もう堪んない。
「んっ、んっ、んんっ!」
『あ、なんだ、おれ、声、出てる。』
取り敢えず、相手のを掴んで扱いて、早く出してもらおう。
おれも早く出したい。

で、相手のを扱きつつ、空いた片方の手をおもむろに自分の股間に持っていって、摘んでみるけど……。
「あっ!」
思いがけず、手を止められてしまう
『なんだ、入れるのか?こいつ。』
相手は、おれに四つん這いになるように促す。
『なんだ、入れるんじゃん……。』
おれは心の中で、大丈夫なのだろうかと不安になっていた。
汚れたら最悪だもんね。

ちなみに、挿入された経験はそんなにはないが、普段張り型でせっせと自慰行為に勤しんでいるせいか、あまりキツくはないと思う。
タチやりてぇなどと無謀な事を時々、考えてみたりもするのだが、そもそも自慰行為の時など胸を弄りながら張り型を挿入しなけりゃ、イケもしない体になってる訳で、おれは大いに困る。
だいたいネコには、賞味期限ってもんがあるしなー……。
『何とかしなけりゃだな、こりゃ。』

で、肝心の汚れの方は、何とか大丈夫みたいだったので、おれは心底ホッとする。
「んっ、んんっ、あーあー、ああっ!」
安心したせいなのか、相手が元々上手いのか、次第に声が止められなくなる。
恥ずかしいだとか、そんな事を考えている余裕もない。
ズンズンと、相手の動きが腰中に強く重く響く。
ぬちゃぬちゃと、イヤらしい音が部屋中に聞こえる。
後ろから両手が伸びてきて胸まで刺激されて、遂には耳まで舐められて、おれはたまらなくなる

『尻が、あっつい!』

後はもう、為すがまま。
すっかり征服され、全身を弄ばれて、おれは獣に成り下がる。
我ながら、やべぇな……。

「んあっ、んあぁっ、あーあー、んーっ、んっ、ああんっ、あああ、あーっ、あーっ!」
先走りも涎も垂れ流し、恥ずかしげもなく腰を振って、鳴き声を上げ続けるおれ
結局、トコロテンとまでは行かなかったものの、相手が出したすぐ後に、自分の手で三擦り半で噴き出した。

終わった後、おれの体は汗だくだった。
ベッドに突っ伏して、肩で息をする。
さっきまでの乱れっぷりが嘘のように、後悔が波のように押し寄せる。
しかし、相手にとってはおれは、最早用の済んだ存在であり、十代相手じゃあるまいし、優しい言葉を掛けてくれる訳でももちろんない。

こうして、おれたちはムードの欠片もないままに、シャワーさえも浴びずにそそくさと着替えて退室し、駅まで一緒に向かって歩く。
眠い、腰が痛い、なんか、ダルい……。

再び駅に到着し、そのまま無言のまま改札前まで進み、取り敢えず社交辞令丸出しの挨拶をしておくために、相手に顔を向ける。

「うわぁ!」
さっきまで散々喘いで腰振って喜んでたくせに、相手の顔をまじまじと見た途端に、泣きそうに後悔している、我が儘なおれ。
Hひとつでガタガタ騒ぐだなんて!
なんだ、意外と乙女じゃん、おれ。
こんな時に限って、叩き潰したはずの心が情けなく疼く。
まだ駄目かっ、もっと踏み潰せっ!

部屋に帰って、ベッドの上で、おれは一人うずくまっていた。
頭が、ガンガンする。
『またやっちまった…おれの猪。』

さっきまでの出来事を頭から消し去るために、おれは酒を呷る。
おれは発泡酒は飲まない。
値段以上に味が全然違うので、あまり好きではないのだ。
黒ビールを喉に流し込んで、笑い上戸のおれの気分は、次第に良くなる……筈だった。

だが。
こんな時、つい、思い出してしまう。
心の奥底が、ズキズキと痛む。
おれは、今だに心の中に巣食うあの人の記憶をすぐにも消し去りたくて、ひたすらに酒を呷るのだった。
涙で、急に視界が歪む。
『情けねぇ……。』

こんな事ではいけないと、わかってはいるのだ。
だが我が儘な心は、言う事を聞いてはくれない。
酔いが回ってきたのか、おれは号泣しながら次第に眠くなっていくのだった。
夢の中で。
春希くんが現れて、ぼくに話しかけてくる。
「これからいい事があるから、もう少しの辛抱だよ。頑張って!」

目が覚めてもまだ気分の悪かったおれは、部屋のステレオのスイッチを入れると、大音響でメタリカのCDをかける。
ひとしきり泣いて落ち着いた後、残り少なくなった酒に手を伸ばしたおれは、視界の端に光るものを発見する。
それは、メールを受信したばかりのiPhoneのディスプレイだった。
差出人欄には、まるで見覚えのないアドレス。

だが、本文の内容に目を通し始めると、おれの体には電撃が走る。
信じられなかった。
携帯を持つ手の震えが、止まらない。
『青丹さん……。』

顔を拭ったおれは、あの人からの五年ぶりのメールを、ただ黙って、じっと見つめていた。
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