[ NEW ! ] 三毛猫と白猫 [モモとマリンの珍道中]

現在非公開の過去作使い回しの冒頭を除いて、全編書き下ろしです。
お楽しみ頂けましたら、誠に幸いです。

*****

新宿二丁目の路地裏。
辺りを見回す。
幸いな事に、誰も居ない。
「よし、行くぞ!」
言い聞かせるように独り呟くと、大きく息を一つ吸って、意を決して中へと入る。
向かった先は、ありふれた飲み屋だった。
「いらっしゃ~い!」
太ったママと店子が、野太いけれども何処か甘ったるい声で、まだあどけなさを残した青年に声を掛けた。
青年はぺこりと頭を下げると、案内されるがままにカウンターの隅へと腰掛ける。
平日の夜ではあったが、店内はそこそこ賑わっていた。
太った男と、彼らを好む男とが訪れる、場末の飲み屋。
ここが、新たな出逢いを求めて一念発起した青年の、この日の夜の目的地だった。
この時まだ十七だった青年は、年齢を適当に誤魔化すと、別に美味い訳でもない焼酎の緑茶割りを頼んで、深く溜め息を吐く。
青年は孤独だった。
幼い頃に母親には先立たれ、父親からは仕事の多忙さが理由で、顧みられる事すら無かった。
学校では太った容姿と根暗な性格、それに会話の際のどもりが仇となって、苛められてばかり。
だから青年は、この場所で得られるかもしれない新たな出逢いに、この先も生きていく、そのための最後のよすがを求めようとしていたのだ。

青年は考える。
このまま黙ったままではいけない。
でも、既の所で臆病さが顔を出し、店内にいる男の顔を見る事すらままならない。
と、そこへ……。
オーラが漂っていた。
フェロモンが舞っていた。
我を忘れて、振り返って、その顔を、体型を、見つめてしまった。
まずい、と思った。
時既に遅し。
だが意外な事に彼は、青年に笑顔を向けると、その隣に座ったのだった。
「ここ、いいかな?」
そう聞かれて、青年は黙って頷くのが精一杯だった。
暫しの沈黙。
彼の口から次に出てきたのは、突拍子も無い言葉だった。
「俺、まどろっこしいやり取りは嫌いなんだ。付き合ってくれないか?」
どきりとした。
青年は今にも泣き出しそうになりながら、やはり黙って頷くのだった。

その日、空からは白い結晶の欠片が舞っていた。
それは今にも崩れそうで、この時の巳喜男の心の状態にも近いものだった。
息が煙る。
芯から冷える。
店から出ると二人は、仲通りを手を繋いで歩いた。
傘も差さずに。
もちろん、青年にとっては人前で男性と手を繋ぐなど、人生初の経験だった。
喉から心臓が飛び出そうな心境。
頭がくらくらする。
それでも確かにこの時、心の中で燃え上がるような幸せを感じていたのだった。

連れて行かれた先は、ビジネスホテルのデラックスツイン。
青年はホテルに泊まった事がなかった。
全てが新鮮な体験。
別にこれといって豪華な訳でもない、凡庸なホテル。
それでも青年は、嬉しかった。
何しろ、ファッションホテルではないのである。
それは嬉しいというもの。

青年の相手となった彼、裕福ではなかった。
これが精一杯の誠意の証だ。
それは青年にも、ひしひしと伝わっていた。
ずっと側に居られたら……この時青年の中にも、しっかりと恋心が芽生えていたのだ。
それにしても展開が早い。
これは青年の相手となった彼の望んだ事でもあった。

青年の名は巳喜男。
その相手となった彼の名は、勇大。
勇大にはかつて、悲恋の経験があった。
今回の場合と同じく、相思相愛だったのだ。
だが、奥手だった勇大は、何時まで、何年経っても、遂に自分の想いを伝え切る事が出来なかった。
業を煮やし、やがてそれが絶望に変わった相手の子は、今夜と同じような空模様の中、川に飛び込んでしまう。
勇大は変わり果てた相手の子の姿を見る事も出来なかった。
それからは、来る日も来る日も、泣いていた。

勇大にはお金がなかった。
意気込みだけはあるような、若き売れないアートディレクターだったのだ。
巳喜男への想いはもちろん、真剣そのものだった。
だからこそ、連れて行ったのはビジネスホテル。
何故なら、これが今の勇大にとっての、本当に精一杯だったのだ。

ひと晩、共にした。
連絡先を交換して、その日は別れた。
薄給とはいえ勇大には一応、仕事があるのだ。
それに引き換え、巳喜男は引き篭もり。
高校での繰り返される苛めに、耐え切れなかったのだ。

久々の外出、帰りの混み合った電車の中。
それも外泊の帰り。
眩暈がした。
どうにか家に辿り着くと、継母の小言が待っていた。
「あんた、引き篭もりの癖にオールで遊びとは、贅沢なご身分ね。別にあんたは長男じゃないし期待はしてないからいいけど、連絡くらいは寄越しなさい、泊まるんなら!次やったらけつ叩いて追い出すから!」
この時巳喜男は、長男でなくて本当に良かったと、心から安堵するのだった。

巳喜男は逃げるようにして、コンビニに出掛けた。
特に用事はない。
単なる暇潰しだ。
こんな事をするのにも、以前なら大変な勇気が必要だった訳で、その点では進歩はしているのだった。
コンビニへの道すがら、昨夜の雪で凍結した路面に足を滑らせ、腰を打ってしまった。
根拠はない、ただ嫌な予感がした。
案の定、携帯に着信がある。
気が遠くなった。
巳喜男は社会人の兄と二人兄弟だったのだが。
その兄が空の星となったのだ。
交通事故で。
兄とは折り合いが悪かったが、フィアンセとの結婚が間近だった事もあり、そのお陰で両親からの風当たりを受けずに済んでいたのには、素直に感謝していたのだ。
それだけにこれはまさに、痛恨の凶事だった。

それからは母からは特に、ゲイであろうがなかろうがとにかく結婚をして子供を作れとの、一点張り。
事態を察した勇大は、既に最愛の人となっていた巳喜男を守る為に、“駆け落ち”したのだった。

勇大の住まいは札幌だ。
東京へはたまたま仕事で来ていただけの事。
一時的には遠恋になる覚悟も出来てはいたが、いずれは引き取るつもりでいた。
それが少し早まっただけの事。
勇大にとっては、嬉しい事こそあれ、憂うべき事など何もなかった。

逃げるように東京を離れて、いよいよ始まった札幌での勇大と巳喜男の共同生活は、順風満帆そのものだった。
だが、巳喜男の母は怒り狂っていた。
今となっては一人息子。
それが居なくなってしまったら、自分達夫婦の老後は一体誰が見るのか、どうなってしまうのか?
巳喜男の母は興信所に頼んで、駆け落ち同然で逃亡した我が息子を奪還、更生させようとするのだった。

札幌で。
束の間の幸せを謳歌する二人。
「勇大さん、こんなぼくでも平気なの?」
勇大は胸を張って答える。
「あぁ、お前じゃなきゃ駄目なんだ。金は俺がどうにか稼ぐ。お前は主夫になればいい。必ず守ってやる。」
その時だった。
勇大の住むアパートの玄関扉を、ドンドンと激しく叩く音がする。
「この間男もどき!巳喜男にはフィアンセも居るの!今すぐに返さないと警察呼ぶから!そこ、開けなさーい!」
巳喜男の記憶にはフィアンセなど存在しない。
「今の話、本当か?」
「いや、勝手に決めただけでしょ。顔も見たことないし。」
そこにやって来たのは、勇大の飼い猫マリン。
姉が飼っていたのを、その結婚を機に引き取った。
旦那も両親も動物嫌いだったので、泣く泣く勇大に譲り渡したのだった。
ペルシャである。
勇大の家には、似つかわしくはなかった。
世話が行き届いているお陰か、頗る毛並みがいい。
マリンは滅多に喋らないが、勇大の気持ちは分かっていた。
とても頭のいい猫なのだ。
今、勇大は自分の力を必要としている。
それは分かっている。
だからマリンは、玄関扉を開けるようにせがんだ。
途端に泣きじゃくる勇大。
だが、時間がない。
勇大は自分の両頬を何度もぴしゃりと叩くと、深呼吸をしてから袖で涙を拭って、巳喜男をベランダに連れて行ってカーテンを閉めると、戻って玄関扉を開けるのだった。

「さ、マリン、行っておいで……。」
別れの時がやって来た。
勇大が玄関から顔を覗かせるのと同時に、マリンが巳喜男の母に駆け寄る。
「ニャン♪」
ここで生まれて初めて、魔法を繰り出すマリン。
「くるくるりんの、パー♪」
そんな風にも聞こえる掛け声と共に。
この瞬間に巳喜男の母は、自らの息子の存在を完全に忘れ去ってしまうのだった。
その代償は大きい。
巳喜男の代わりとして、マリンはその家族とこれからを共にしなければならないのだ。
勇大とは、もう会えないだろうと思われた。
泣きながらその場に崩れ落ちる勇大。
ベランダから戻った巳喜男はその横で、ただひたすらに背中を撫で摩る事しか出来ないのだった。

季節は移ろい、桜が咲いた。
春の到来、五月初旬、札幌。
相変わらず仕事の少ない勇大。
生活は苦しい。
誰からの援助もないが、それでも二人は、幸せだった。
とはいえ、少しの金もなければ生活は成り立たない。
非常事態とまではいえなかったが、家計のためにはもう少し金は欲しかった。
巳喜男は、慣れない家計簿をつけるようになっていた。
それはまめに。
求人誌も読むようになっていた。
人生初のアルバイトを探しているのである。
珍しくやる気を出しているのであるが、それも勇大が居ればこその事。
ただ、勇大としては巳喜男には専業主夫で居て欲しかったのであるから、この事態には機嫌が悪い。
だから勇大は、これまでになく奮起した。
駆けずり回って、仕事を探した。
場数をこなす毎に、プレゼンは上手くなっていった。
夏を前にして、まだ駆け出しに近い勇大の元にはたくさんの仕事が舞い込むようになっていた。
やがて、引っ越しをした。
新居は、こぢんまりとした築浅の1LDK。
一階の部屋だ。
これまで同様やはり賃貸だが、広く新しくなった。
クーラーとファンコンベクター、それに床暖房までも付いた。
快適になったが、勇大はあまり家に帰らなくなった。
浮気をしていた訳ではない。
仕事が忙しいのだ。
巳喜男は寂しかった。
度々独りぼっちで夕食を食べながら、さめざめと泣いていたのだった。

「コンコン♪」
ある日の夕方、いつも通り独りで食事を摂っていた巳喜男の元に、三毛猫のモモがやって来た。
「巳喜男さん、ここ、開けてくださらない?私はモモ。お願いがあるの。」
その声に驚いて、慌ててサッシを開ける巳喜男。
モモは小さな専用庭から室内に入り巳喜男に近付くと、その足元にまとわりつく。
「ニャン♪」
マリンを彷彿とさせる、愛らしい鳴き声。
やがて部屋の片隅の小さなクッションにちょこんと座ると、モモは再び口を開いた。
「突然ごめんなさい、私は野良の三毛猫、モモ。これまで全国のいろんな方の小さな願い事を叶える為に、旅を続けてきたの。でもこの頃、体調が悪くて……。もしよろしければここで飼って頂けるかしら?自分で言うのもなんだけれど、私、マスコットとしては悪くはないと思うの。どうかしら?」
巳喜男は快諾した。
正直、寂しかったのだ。
それにモモは可愛い。
喋る猫の再来、勇大も喜ぶだろう。
今度のモモは饒舌だ。
明るい風の予感が、部屋を通り抜けるのだった。

あくる日。
うなされていた。
勇大が出張先のホテルのベッドで呻いている。
悪夢を見ていた。
その内に本当に苦しくなって、救急搬送される事態となった。
その胸のポケットには、巳喜男が父方の祖父から生前もらった、翡翠の石が大事そうにしまわれていた。
お守りになるだろうからと、巳喜男から預かっていたのだ。
その後も容体はよくない。
同じ石を巳喜男の父から預かっていた継母も、具合が悪くなった。
継母、何とその後植物状態になってしまった。
勇大にも危機が迫る。
実はこの翡翠、父方の祖父の強大な念がこもっていた。持ち主となる人間が祖父の意に沿わないことをすると、すかさず石が祟るのだ。
祖父の霊は巳喜男が相思相愛で結婚することを望んでいて、尚且つ幸せな家庭を築いて欲しかったのだ。
同性の交際相手の勇大も、巳喜男に結婚を無理矢理に押し付けようとしていた継母も、祖父の怒りを買って祟られてしまったのだ。
祖父の年代の霊であれば、結婚こそが幸せに繋がる唯一の道だと思うのも、無理からぬことではあった。

その時だった。
マリンを呪縛していた魔法が、解けた。
継母が植物状態になったために、必要なくなったからである。
父は元々巳喜男にはこだわりはなかったから、魔法が解けたところで何も問題はなかった。
マリンはまだ見ぬモモと合流すべく、一路ひた走った。
それが最善の策だと思われた。
モモのことは、風の噂には聞いていたのだ。
普段は臆病なマリンだったが、この時は違った。
ヒッチハイクのようなことを繰り返し、向かったばかりの東京からモモのいる北海道へと再び旅立ったのだ。

「コツンコツン」
ドアをノックする音が聞こえる。
モモはすかさず特殊な力でそれを開けると、マリンを出迎える。
ここに来るような気がしていた。
確信めいた予感こそなかったが、マリンという猫がこの場所へと誘われるような、そんな気がしていた。
そんなモモは、マリンを歓待した。
「ようこそ!私達は今から友達よ。よろしくね、マリン!」
マリンも笑顔でこれに応じる。
「お友達が増えて、とても嬉しいわ!こちらこそよろしく、モモ」
「で、早速だけどマリン、用意はいい?」
「ええ、大丈夫よ!いつでも出られるわ!」
二匹には覚悟が出来ていた。
清々しいまでの笑顔が印象的だったーー。

勇大と巳喜男を救うためにヒッチハイクをする二匹。
もちろん、事件現場にも程近い、巳喜男の実家のそばの病院に向けてだ。
そこに勇大がいる。
モモは饒舌で喋り慣れてはいるが、その声を聞ける人間は限られている。
一方のマリンは臆病でおとなしいが、誰にでも話しかけられる能力を持っているのだった。
その特性を生かして、その場に応じてどちらが話しかけるかを決めていた。
どちらがより向いているか、二人して相手を見ながら、前もって判別していたのだ。

急がなければならない。
勇大の容体は、既に深刻だ。
それに加えて、事態が長引けば異変に巳喜男が気付いてしまう。
元々長期の出張の予定だったので、猫たちの力もありどうにかごまかせてはいたが、バレてしまえば万事休す。
狼狽えるのは、目に見えている。
巳喜男の今の生活は、勇大が売れてからの貯金で賄われているが、底をついてしまえばその生活も破綻する。

だが、ここへきて悠長なのはモモだ。
百戦錬磨の経験が、今回の事態への楽観的な見通しに繋がっていたのだ。
「大丈夫よ、マリン。今回もきっとうまくいくから。」
「そう?ならいいけど……。頑張らなくっちゃね、私たち!」
ヒッチハイクもモモは手慣れているので、マリンよりもだいぶ手際がよい。
継母は意識を取り戻すには既に手遅れだが、勇大にはまだ望みがあった。
だからいち早く到着出来たことには、大いなる意義があったのだ。

その直後。
二階のキャットウォークを伝って、二匹が勇大のいる病室に近づく。
すかさず念や魔法を送る二匹。
窓は開き、勇大は無事に目覚めた。
幸いにも、病室には他に誰もいない。
そんな訳でモモとマリンの二匹は勇大にそっと近付くと、彼の持つ翡翠の石を病院の敷地内に埋め、小さな祠を建てるのだった。
それから退院までは、早かった。
養生することになっていて、勇大の仕事復帰までにはまだ四、五十日ほどある。
ここはひとつ、巳喜男も呼んで珍道中と行きたいところだと、皆が考えていた。
以心伝心、その思いはその場にいる皆に伝わった。
やがて巳喜男の到着。
邪魔者はいない。
お遍路の真似事をやるのだ。
珍妙な格好をして、一同いざ出発!

「なぁ、この服歩きにくくないか?邪魔だし。」
「いいの、いいの。お遍路なんだから。」
勇大と巳喜男の会話も、もういつも通りだ。
余程心配していたせいか勇大の前で珍しく散々泣いた巳喜男だが、今はもうすっかり気丈に振る舞っている。

「ねぇマリン、そこの茶屋でソフトクリームを頂きましょうよ!」
「いいわね!」
「お代は上手く甘えれば勇大さんが出してくれるわ。」
この声、勇大にも筒抜けな訳だが、実際に甘えられると勇大も弱いものだ。
「ニャン♪」
「ニャン、ニャン♪」
二匹の可愛い猫が足元に擦り寄り、踊りながら小さく鳴くのだ。
これはもう、たまらない。
「ほれ、二匹とも。」
器用に二本足で立ってソフトクリームを食べる二匹の猫の姿は耳目を引いたが、食べ終わったらそそくさと帰るのだ。
問題はない。

結局二人と二匹はお遍路もそこそこに、ただの四国グルメ旅行を満喫したのだった。
新しい変化もあった。
モモとマリン、コンビを組んで人助けの旅に出るというのだ。
特にマリンにとっては初めての経験だ。
先輩のモモがいることは心強い。
お遍路が却っていい養生となって、モモもすっかり元気になった。

山積みになった仕事をこなしにゆくついでに、勇大はモモとマリンを東京へと連れてゆく。
今度は巳喜男も一緒だ。
「時々家に戻ってくるわね!私たち、勇大さんたちの飼い猫なんですから!」
「それもそうね、モモ!」
大いに笑う二匹。
勇大と巳喜男も笑う。
彼らの前には、前途洋々たる日々が待ち受けているのだった。
それはそれは、順調な船出だ。
船長勇大が声を上げる。
「一同、出発進行!ヨーソロー!」

*****

お・し・ま・い。

本当は8,000字台には乗せたかったのですが、書き終えてみると6,000字台のもの。
でもまぁ、こんなものでしょう。
随分と時間がかかりましたが、別にその分出来がいいとか、そういった訳ではありません。
実際には、悶々とただ何もしていない時間の方が遥かに長かったので。
この作品は、ハッピーエンドで行こうと決めていました。
読んでいて痛みを伴う描写もあるかとは思いますが、コントラストを描き出すためには必要だったかと。
気楽に楽しんで頂けましたら、誠に幸いに思います。
ここまで、ありがとうございました。
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