[ NEW ! ] 君に贈ろう、たくさんの幸せを

君だけが、僕の支えだった。
来る日も来る日も、耐えていた。
学校は、辛かった。
毎日が、荒波の中に居るようだった。
それでも。
君が居たから、やってこられた。
愛しているとは言わない。
まだそんな歳じゃない。
けれども、君が大好きだ。
だから、そんな想いを支えに、これからも生きていける。
ずっと一緒に居よう、君よ。

ー君に贈ろう、たくさんの幸せをー
[リリカルライフのススメ]

(1)

義理の父が、ロッキングチェアに座って揺られている。
開け放たれた窓の外、小さな庭には、一面のノースポール。
最近雨が降らないので、義理の母は如雨露でそれに水を遣っている。
とある春の日曜日。
平和な光景。
僕の大好きな日常だ。
隣には大切な人、義理の弟の悠馬。
これはもう、ちょっとした心のオアシス。
ノースポールのシーズンもそろそろ終盤。
この景色、目に焼き付けておきたい。

飼い猫が亡くなった。
茶トラだった。
年齢を考えれば寿命だったが、それでも可哀想なことには違いない。
そう、あの日、みんなが泣いていた。
仕方なかった。
でも、歯痒かった。

程なくして、新しい家族がやって来た。
ペットショップで義理の母が一目惚れした、仔猫のマンチカン。
オスなのでムームと名付けられた。
この猫、とにかく可愛いのだ。
元々は野良だった茶トラとは違って、人をあまり怖がらない。
それもあって、とにかく愛嬌がある。
脚が短いので、走る姿も何とも言えない。

六歳の頃まで、僕の家は裕福だった。
転機は父の変心。
うつ病になった母を、家事も出来ない女は要らないと言って一方的に捨て、慰謝料もろくに支払わずに去って行った。
残された母は現実を悲観するあまり、一人息子の僕を道連れにして無理心中を図ったのだ。
母は死に、僕は生き残った。
それ以降、遠縁にあたる今の義理の父母に育てられている。
悠馬は彼らの一人息子だ。

出会った時から、好きだった。
悠馬は年下でまだ幼かったから、色恋沙汰とは無縁。
我慢の日々が続いた。
だが、僕が小六、悠馬が小五の時に事態は動く。

雪の舞うある日のこと。
悠馬は突然、話を僕に振った。
それは、驚くべき内容の話で。
「ねぇ春太郎、僕のこと好きでしょ。よかったら付き合ったげる。僕も好きだから。」
確か、そんな感じだったと思う。
周りに誰も居ない細い路地。
それを良いことに、すっと手を差し出す僕、さり気ない振りをして、本当は心臓が口から飛び出そうだった。
握られる掌、温かくて湿った感触。
ここから、二人の関係はスタートしたのだったーー。

「ねぇ、座ろう。」
ノースポールが咲き乱れる庭を前にして、悠馬は僕の手を引いた。
その場に胡座で腰を下ろす僕ら。
「ね、春太郎。まだいじめられてる?よかったら僕がそいつら吹っ飛ばしてやんよ。」
「いいよ、まだ。頻繁に殴られたりしてる訳でもないし。」
僕は文科系のゆるゆる眼鏡でぶだが、悠馬は体力有り有り運動神経抜群の体育会系太っちょ坊主なのだった。

ゆらり、ゆらりと。
意識は遠く遡る。
舞台は小一の頃の学校の教室。
その頃、僕は孤立無援だった。
そうそう殴られていた訳ではない。
だがクラス中の誰もが、僕を敵視していた。
女子達は僕のことを指差しながら嘲笑い、話し掛けると無視していた。
男子達は、無理矢理に僕の着ている衣服を脱がしていた。
毎日よく飽きないものだと、他人事のように僕は、遠い目をしながらそう思っていた。

林の中で、ある日。
町のガキ大将が僕を引き摺り回した挙句、目を殴った。
眼球が、落ちた。
それ以来、右目は義眼だ。
彼曰く、僕は虫が好かないのだそうだ。
誰かをいじめる理由なんて大抵は、そんなくだらないことだ。
それにひきかえ、殴られたあの時の心と身体の痛み、そして衝撃は、一生忘れられない、忘れない。
それでも僕は、覚えていろよ、とは思わなかった。
少なくとも空はその場に居る誰に対しても同じ色を見せてくれると、ずっとそう信じて居られたからだ。

もう一度、もう一度だけ。
やり直せたら、元に戻れたら。
今度こそ、何としてでも。
君の手を、離さない。
だから、行こう。
君に逢いに、真っ直ぐに。
繰り返し、繰り返し、這い蹲って。
それでも何度でも、登ろう。
この坂道を、君にまた逢えるまで。
今度出逢えたら、もうこの手は離さない。
君になら贈ろう、たくさんの未来を。
君になら贈ろう、たくさんの幸せを。

そんなフレーズが頭を過ぎった。
家の前は、坂道だった。
誰のことかは分からない。
ただ、僕はこの時、このフレーズを忘れないでおこうと、それだけは思った。
春の宵、或る湿った夜のことだった。

(2)

桜色の髪をした女の子が、家の前に立っていた。
ノースポールが枯れ始めた庭先でムームが騒がしい。
坂道沿いの並木の桜舞い散る中、清楚な雰囲気のその娘は、何か言いたげな顔をしながら、こちらを見ていた。
僕はゲイだ。
特に何も感じる所はない。
無視して玄関へと向かう。
その時だった。
女の子が、叫んだ。
「私の、私だけの悠馬を返して!この泥棒!」
そういえば悠馬、女の子にストーカーされているとこぼしていたことがある。
この娘がそうなのか。

身支度を整えて再び家を出た僕は、柳の揺れる小径を歩く。
背後からは、怪しげな陰。
あの女の子だ。
目に涙が浮かんでいて、心にチクリと針が刺さる。
そこへ悠馬が駆けてくる。
その時だった。
女の子が刃物を持って後ろから、僕を刺した。
全身に激痛が走る。
逃げようとする女の子は、悠馬が捕らえた。
まだ思考回路が幼いのだろう、短絡的な犯行には違いない。
これで補導でもされようものなら、彼女も可哀想だ。
それでも、今でも、何としてでも。
悠馬だけは、手放せない。
何故なら、僕の一番の宝物だから。
悠馬が今居なくなってしまったら、僕の心は皺々に干涸びた梅干しのようになってしまう。
それだけは嫌だ。

病院で。
気が付くと悠馬が、僕の顔を覗き込んで、泣いていた。
あの女の子はそれ以来、姿を見せなくなった。
どうしているのだろう。
気にはなるものだ。
だが、それを知る方法などない。
傷は幸い浅くて、学校へも早期に復帰出来そうだ。
或いは、悠馬のこんなくしゃくしゃな泣き顔を見れたのだから、それだけでも今回の件は吉事だったともいえる。
この件を境に、僕と悠馬の仲はより深いものとなった。

ご近所さんちの玄関先のハマナスが咲いた。
暑い季節の到来、僕も悠馬もだいぶ苦手だ。
この頃は温暖化が酷くて、ちょっと歩いただけでも肌の表面から汗の玉が噴き出す。
あれから傷はすっかり癒え、跡も塞がった。
入道雲が綺麗な休日の午後。
僕達は小遣いを握り締めると、お店にアイスを買いに行った。
二人揃ってバニラアイスを買う。
公園のベンチで仲睦まじく食べる僕達。
空を眺めながら僕が言う。
「ねぇ悠馬、僕のこと好き?」
すると悠馬、「なんでそんな当たり前のこと今更聞くの?大好きに決まってんじゃん」と言って、僕の唇に珍しく濃厚なキスをした。
甘いフレーバーのキス。
クラクラしたのは、夏の日差しのせいだけではない。

翌日。
転校生が来た。
栗色の地毛の痩せた男の子。
頭の良さそうな感じだ。
「紹介する。浜川 風太、東京の下町からやって来た。仲良くするように。席はそこ。座れ、浜川。」
教室中が騒めいた。
「東京だって!」
「ねぇ浜川君、下町ってどんな感じ?」
クラス中の騒めきに、浜川君はひとつひとつ丁寧に答えてゆく。
「こことは違って、ごちゃごちゃしてるよ。人が多いかな。」
そんな感じで。
まだクーラーもない古びた校舎、窓からは潮風が吹き込む。
暑い中での、一服の清涼剤だ。
空いていたのは、僕の隣。
この時から、僕の学校内での立ち位置が劇的に変わった。
「ね、友達にならない?」
彼は僕にはにかんだ笑みを見せると、すらっとした片手を目の前に差し出した。
立ち上がってすかさず手を握る僕。
その時、彼の背後に光が射した。
偶然だろうか。
ぼんやりと考えていると先生に注意されたので、僕はそのことを忘れることにした。

(3)

秋晴れの空が清々しい、夏休み明け。
僕と悠馬は浜川君と一緒に登校をしていた。
浜川君が来てから、僕は学校で苛められなくなった。
彼は草食系の見た目とは違って、空手が大の得意だった。
彼のあまりの強さに、僕を苛めていた同学年の連中は恐れをなしたのだ。
仲良くなれて、よかった。

夏休み、よく三人で出掛けた。
晴れの日の多い夏で、水不足気味ではあったが、いつでも空は綺麗だった。
それはもう抜けるように、眩しいくらいに。

朝、合流して自転車で小鳥が囀る山や丘まで走り、お昼にハンバーガーを食べてまた動き出す。
夕方には銭湯に向かい、それぞれの家に帰る。
そんな毎日の繰り返し。
ただそれだけのことが、何故だろう、とても楽しかった。

或る日、三人で海に出掛けた。
煌めく水面、誰にでも同じように輝く真っ青な空、どこを向いても美しかった。
着くなり、三人揃って海へと飛び込んだ。
僕はカナヅチなので、浮き輪をつけて。
ぷかぷか浮かんで、いい気持ち。

水平線がどこまでも続く。
日射しが浜川君を照らす。
好きな訳ではない、ただこの時浜川君は、まるで妖精に見えたーー。

雲行きが怪しい夏の終わりの夜。
悪魔の化身がひたひたと忍び寄っていた。
あの日の海水浴が思い出となった頃、僕の寝床の背後に化身が現れて、僕は戸惑った。
昨日、夏休み明け。
浜川君と悠馬と僕とで、再び登校を始めた。
楽しかった。
ただ、こんな日々はもう続かないのではないか、そんな予感が頭を過っていた。
それが今、現実のものとなろうとしていた。
その時だった。
ムームの報せだったのだろう。
それに応じた浜川君が、開け放たれた窓から入って来た。
その姿は次第に妖精のそれとなり、一瞬その場が眩しく光ると、浜川君も化身も消えていた。
そう、跡形もなくだ。

浜川君は僕を守ってくれた。
でも何故だろう?
そう思っていると、何処からか声が聞こえた。
それは浜川君のものに違いなかった。

「君と僕はかつて前世で共にあった。
それが訳あって離れ離れになって、今に至る。
もう一度、もう一度だけ。
やり直せたら、元に戻れたら。
今度こそ、何としてでも。
君の手を、離さない。
だから、行こう。
君に逢いに、真っ直ぐに。
いつの日か、たとえ三人ででも、いつまででも仲良くしよう。
繰り返し、繰り返し、這い蹲って。
何度でも、登ろう。
この坂道を、君にまた逢えるまで。
今度出逢えたら、もうこの手は離さない。
君になら贈ろう、たくさんの未来を。
君になら贈ろう、たくさんの幸せを。
これからもそっと見守っている。
愛しているよ、君よ。」

涙が止まらなかった。
ただ、泣いていた。
その事に意味は、特段何もなかった。
少なくとも、自分では分かってはいなかった。
それでも、溢れる涙がとどまることはなかった。

晩秋、季節外れの蛍の姿になって、浜川君は僕や悠馬の側に居た。
しかしそれもあと僅かの時間のこと。
冬になれば消えてしまう。
「ねぇ、僕はもう寂しくないよ。三人でいい。いつか共にあろう。その時まで、僕はひと足早く去ることになる。きっとまた会おう、約束だよ!」
それから一ヶ月。
辺りに雪が舞い始めた。
浜川君の姿が消えてゆく。
「待って、行かないで!」
分かっていたのに、言葉が溢れ出てしまった。
ほろほろと、涙が零れ落ちる。
「大丈夫、ずっと側に居るよーー。」

三ヶ月後、三月の初め。
僕と悠馬は相変わらず仲がよかった。
空からはちらほらと雪が舞い始めた。
季節外れの、半分溶けかけた雪。
春の雪が、掌で水になる。
そこに浜川君の姿が映った気がして、もう居なくなったのにそんな気がして、僕と悠馬は涙が止まらなかった。
桜色の雪は、浜川君の風のような笑顔そのものだった。
「待っていてね、きっとまた会おう!」
それだけ吐き出して、僕達は浜川君と暫しの別れを交わした。

四月、進級の季節。
また一つ、学年を上がった。
守られていたから、ここまで来られた。
みんな、好きだよ。

お花見の会。
一家総出で。
散り際の桜が、ひときわ美しかった。

繰り返し、繰り返し、坂道を登った。
独りきりで、或いは二人で、三人で。
来る日も来る日も、汗を流して。
前世も後世も本当はなくても、それでも思い出は残る。
みんなとの小さな思い出の積み重ねが、僕達の心を突き動かす。
大丈夫、僕達はまだ独りじゃない、まだ間に合う、だから何度でも言うよ、みんな、ありがとう!

ロッキングチェアに座りながら、僕は思う。
人は皆独りでは生きられない。
でもいつでも誰かと取り留めもなくたむろっているだけでもいけない。
時には独りで立ち向かわなければならないこともある。
でも僕は大丈夫。
僕にはいつでも、悠馬が居るから。
たとえ身体は僕の分ひとつでも、心はちゃんと繋がっている。
それにきっと浜川君も、何処かで見守ってくれているだろうから。
だから僕は、何処までもゆこう。
君となら、悠馬となら、きっと何処までもゆける。
だからもう一度言うよ、悠馬、大好きだよーー。

*****

エピローグ

*****

「なぁ春太郎、悠馬」
「なぁに?父さん。」
「なになに?」
「お前達にひとつだけ言っておこう。
人と違った生き方をするのは、それは大変なことだ。
覚悟をして、しっかり生きなさい。
皆には勧められないが、お前達がそれでいいと言うのなら、私は何も言わん。
ただ忘れるなよ、私達はいつでもお前達の味方だという事を。
頑張れ!」

季節はまた巡って、再びの冬。
またノースポールが咲いたよ、浜川君。
君も見たろう?
今度会えたらみんなで、夏休みにいつも行っていたあの丘の上に、真っ白なお花畑を造ろうね。
約束だよーー。

-完-

短いですが、良くも悪くも自分らしいとは思います。
小ネタ探しも含めてお楽しみ頂けましたら幸いです。
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