[ NEW ! ] 夕焼け色の子供達

夕焼け色の子供達
[リリカルライフのススメ]

仁太は駆け出していた。
時につまづきそうになりながらも、学校への道のりを急いでいた。
時刻は8:00をとうに過ぎている。
もたもたしていると遅刻するのだ。
「おーい、仁太ー!」
「仁太くーん、おはよーう!」
後ろから声が聞こえる。
広太と晴美だ。
三人は近所に住む同級生で、幼馴染み。
この春で小学五年生になる。
背丈は三人共同じくらいだが、晴美がスレンダーなのに対して仁太は結構ぽっちゃりしているし、広太に至ってはわんぱく相撲に精を出すなどかなりの太め体型だ。
「二人共汗だくじゃなーい!まだ真夏でもないのに。さ、走る走る!」
晴美の掛け声でラストスパート。
汗だくなのは晴美も同じだが。
ともあれ、校門はすぐそこだ。
「こらー!遅いぞ、急げー!」
生活指導担当の須藤教諭が三人を急かす。
この後、三人がちょうど教室に滑り込んだところで、チャイムが鳴るのだった。
「ふぅ、ギリギリセーフ!」
「危なかったね!間に合って良かった。」
「私のお陰よ!さ、席に着きましょ。」
三人は昔から仲が良い。
だが、おしゃべりしている暇はない。
早速担任の桐原教諭が登場、ホームルームの開始だ。
「起立、礼!」
「あら、廣瀬仁太と杉原広太、それに源晴美。汗だくじゃない。間に合ったから許すけど、今日は体育の授業もあるから、帰ったらちゃんとシャワー浴びるのよ。」
「はーい、桐原先生!」
「よろしい!」

その後三人は、三限の体育まではどうにか耐えていたが、四限の数学でこらえきれずに揃って居眠り、桐原教諭の怒りを買うのだった。
「そこの三人、やる気あるの?まだ午前中よ!宿題山ほど出されたくなかったら、しゃきっとしなさい!」

帰り際、晴美が仁太と広太の二人に声をかけた。
あれからどうにか持ちこたえた三人は、今日の授業も終わりとあって、元気いっぱいだった。
「ねぇ、帰りに裏山へ寄ってきましょ!作りかけの秘密基地、完成させなくちゃ!」
「おし、行こうぜ!広太も来るだろ!」
「うん!」

裏山の茂みを抜けると三人の目の前には、 造りかけの秘密基地がどん!とあった。
廃材を利用して造られてはいるが、それなりには大きい。

「あとは屋根を載せるだけよ。いつもの工場跡地から、廃材を拝借するの、行きましょ!」
「おう!」
「待って、置いてかないで!」
「広太、モタモタすんなよー!」

やがて三人は思い思いの廃材を抱えて、造りかけの秘密基地の前まで戻ってきた。
この一連の作業で棟梁ともいえる働きをしているのは、言うまでもないかもしれないが、晴美だ。
晴美のお陰で作業はスムーズに進み、夕方の四時半頃には秘密基地は完成していた。
「ジュースで乾杯、といきたいところだけど、今日はもう遅いから明日ね。明日は学校が休みだから、ここに午前十時に集合!銘々適当にお菓子やジュースを持ってくるのよ!解散!」

「ちぇっ、晴美の奴仕切りやがってさ、ちょいむかつく。」
「でもあの子がいなかったら完成しなかったよ。」
「それもそうなんだけどさー。あ!今晩うちに泊まれよ。うちの母ちゃんなら許可出すだろうし、連絡もしてもらうから!そうしろよ。」
「いいの?お邪魔しちゃって。」
「平気平気!何年友達付き合いしてるんだよ。カバンもうちに持ってこいよ、下ろしに行くの面倒だろ。明日は休みだし、一旦集まったあと解散したら、部屋でゆっくりゲームでもやろうぜ。」
「うん、誘ってくれてありがと!」
その時仁太はあからさまに頰を紅く染めていたが、広太はそれには気付かなかった。
広太、少し抜けたところがあるのだ。
梅雨も明けた夏の初めの頃の五時前、まだ地面からの照り返しがあるなか、夕焼けを背に二人は仁太の家の門を潜った。
「ただいまー!広太連れてきたよー!」
鍵は開いていた。
だが反応はない。
おかしい。
普段なら必ず母親がいる時間だ。
仁太は、悪い予感を抱いて、すぐに打ち消した。
だが、廊下を二人でまっすぐ進むと、目の前に血塗れの景色が広がって、仁太を絶望させる。
そう、母親は既にこの世のものではなかったのだ。
遺体の傍らには、べっとりと朱に染まった出刃庖丁を持った、父親が呆然とへたり込んでいた。
仁太が叫ぶ。
「父ちゃん、何で、何で!」
「いや、俺はただ、母ちゃんが浮気をしたと思って、無我夢中で……。」
仁太はその場に泣き崩れた。
横で広太が、その背中を支える。

それから一ヶ月、蝉の鳴く季節。
仁太は、広太の家に預けられていた。
父親は逮捕、子供は仁太一人だったから、家族は消滅した。
でも、希望はある。
「広太、仁太、西瓜切ったわよー!」
そう、仁太は大好きな広太と共に住む、家族となったのだ。
と、そこへ。
「こんにちはー!」
外から声が聞こえる。
晴美だ。
広太の母親がこれに応じる。
「あらちょうどよかった、西瓜切ったのよ、食べてきなさいな。」

「なぁ晴美、お前んち、父ちゃんと母ちゃん元気か?」
突然、仁太が深刻な面持ちで尋ねる。
「あら、元気よ。気持ちはわかるけど、あなたの父さん、どうかしてたのよ。」
「それならなぁ、元気ならなぁ!」
「あら、何?」
「大事にしろよー!」
仁太が叫んだ。
仁王立ちだ。

仁太の母親は浮気などしていなかった。
父親は、後悔に打ちひしがれていた。
仁太は、寂しかった。
それでも、広太と晴美がいるから、何とかやっていけそうだ。

西瓜を食べながら、三人並んで、縁側で。
そろそろ昼下がり、暑い盛りだ。
「ね、これから秘密基地へ行きましょ!」
「三人とも、怪我しないように気をつけるのよー!」
「はーい!」
ここは三人揃って、ユニゾンで。

秘密基地で、密談を交わす三人。
「いいこと、両親には内緒よ!探検に出るの、この夏休み中に。」
「え、何処へ?」
広太と仁太の二人は、きょとんとする。
「山向こうのダムへよ!」
「えぇー!?」
二人は驚いた。
だが、晴美はやる気まんまんだ。
「決行は明日の朝。準備は欠かさないでね!集合場所はこの秘密基地よ!」
その後も密談は続いた。
「ダムの上から写真を撮って、SNSに上げるのよ!」
「晴美、そういうの好きだもんねー。」
「この出しゃばり女!」
「まぁ!むかつくわー!」
「バレたら怒られるよ。」
「顔は出さないのよー。」

夜、満点の星空の下で。
「綺麗ねー。流れ星は流れないのよね、こんな時に限って。」
「そんなに上手いこといくかよ。」
「明日、成功するといいね。」
「そうね。」
だが世の中、そう上手いことはいかない。
翌日、三人の身に思いもかけないアクシデントが降り注ぐことになるのだ。

翌朝、土砂降りの空模様。
先が思いやられる三人。
それでも決行したのだ。
子供だけに、勇気だけはある。
或いは、それは蛮勇だったかもしれないが。
もちろん、親は心配した。
大雨の中デイパックを背負って我が子が出かけるのだ。
無理もない。
だが、三人は振り切った。
それぞれ、互いの家へ本を持って遊びに行くのだと言って。

秘密基地前、地面はもう泥まみれだ。
ずぶ濡れになった三人が、ここで合流。
「さぁ、行くのよ二人とも!」
「大丈夫なのかよ、おい。」
「出たとこ勝負よ、レッツゴー!」
草叢を掻き分け、泥にまみれて前へと進む三人。
もう必死だ。

その時だった。
突如地面に足を取られる仁太。
そのまま勢いで斜面に転げ落ちる。
広太は悲鳴を上げた。
そこへ、今は亡き仁太の母親の姿が現れた。
少なくとも、残された二人にはそのように見えた。
仁太の母親は我が子を優しく抱き上げると、元いた場所へとそっと戻したようだった。

仁太は気絶していた。
泣き叫ぶ二人。
仁太の母親は何かを語りかけたようだった。
やがて目覚める仁太。
その瞬間、走馬灯のように母親との思い出の数々が思い起こされた。
この時が本当の意味での、仁太と母親との別れだったようなのだ。

思えば、今は丸っとした体つきの仁太も、産まれたての時には体重1,000gを切っていた。
それからも仁太は体が弱く、度々熱を出しては母親を困らせた。
或る日、仁太は母親に言った。
「何でぼくなんか産んだのさ、辛いよ。」
その瞬間、母親は号泣した。
それを見て仁太は、己の言い様を酷く後悔したのだった。

そこから、仁太は頑張った。
学校に通うようになってからも、勉強も運動も精一杯やり、人並みにはなった。
母親の思いが仁太を突き動かし、育んだのだ。

いっとき、仁太は学校で苛められていた。
母親は泣きつく仁太に、頑張れ、頑張れと言った。
仁太はその時は何でそこまで、と思った。
しかし、違うのだ。
母の励ましはやがて実りを生み、広太や晴美との出会いに繋がった。
母の支えが、今の仁太を生んだのだ。

今、三人は苦境にある。
自業自得でのことだ。
でも、乗り越えなければならない。
母親の思いを無駄にしてはならないのだ。

母親の最後の思いを胸に、仁太は目を覚ました。
泣きじゃくりながら、抱き合う三人。
せっかくだから踏破しようと、ダムへと土砂降りの中、突き進む。
アディダス、ニューバランス、ナイキ。
思い思いのスニーカーが、泥の上に足跡を刻んでゆく。
汗だくの中やがて三人は、ダムの傍まで近づくことが出来た。
結論から言うと、三人はダムへは入れなかった。
そこまで容易く侵入出来る施設ではなかったのだ。
当然だ。
だが、この一件で三人の絆はより深まった。

帰宅後、三人は母親からこっぴどく叱られた。
無理もなかった。
でも、その場にいる皆が泣いていた。
嬉しかったのだ。

秋。
新学期が始まった。
晴美は広太に恋をしていた。
だが、晴美は知っていた。
広太と仁太は付き合い始めていたのだ。
三人で、始業式からの帰り道。
晴美は言う。
「ねぇ、あなた達付き合ってるんでしょ!」
仁太の答えは、呆気なかった。
「おう、そうだよ。それが何か?」
晴美は激怒して去ってゆくのだった
「もう、馬鹿!」

何も知らない広太はボソッと告げた。
「晴美たぶん、仁太のこと好きなんだよ。」
その時、普段は滅多に働かない仁太の勘が、見事に働いた。
「晴美が好きなのたぶん、お前じゃないの、広太よ。」
「でもぼくは、きみが好き。手繋いで歩こ、仁太!」
さりげなく差し出される、ふっくらとした掌。
仁太はそれを、臆面もなく握った。
恋の秋到来、付き合い出したばかりの二人には、幸せへの道程が用意されていた。
辛いのは晴美だ、でも仕方ない。
三人の関係はこうして、新たな幕開けを迎えようとしていた。

それから、晴美が登校することはなくなった。
登校拒否になったのだ。
教室で、二人。
「なぁ広太、最近晴美こないな。」
「んー、ぼくのせいかもなぁ、どうしよ。」
「まぁでもこの場合、俺らがどうにかしようとしてもどうにもならないもんだしなぁ。」
「そっか、悲しいね。」
「まぁな。」
暫しの沈黙。
ホームルームで。
桐原教諭がその話題に触れる。
「源晴美が登校拒否をしています。誰か心当たりのある者はいませんか?」
二人は黙して語らなかった。
結局この話題はホームルームで持ち出されることは、二度となかった。

転機はすぐに訪れた。
突然の人事異動で晴美の父が転勤となり、引っ越すことになったのだ。
別れの日。
晴美は告げた。
「私、広太のことが好き!それは引っ越しても変わらない。元気でいて、二人とも!」
「晴美も元気でね、頑張って!」
その瞬間だった。
晴美が広太の頰に、キスをした。
それは晴美にとっての、ファースト・キスだった。
しかし甘美な味は、長くは続かない。
刻一刻と、別れは迫ってくる。
「またね。」
そう言って、晴美は泣いていた。
車に乗り込むと、号泣しながら手を振る。
振り返す二人もまた、泣いていたのだった。

晴美は、広太や仁太と出会うまでは、独りぼっちだった。
独善的な性格が仇となり、友達が出来なかったのだ。
腕力があり、怒らせると怖いということもあって苛められることこそなかったものの、学校では孤独を噛みしめる日々だったのだ。
広太と出会った時、最初は何とも思ってはいなかった。
だがその優しさに触れ、自分でも気づかないうちに恋に堕ちてしまう。

エピソードがある。
実は晴美と広太の家は隣同士なのだが、晴美がスイミングスクールに行った帰りにばったり遭遇することが、何度かあったのだ。
広太はその度に、晴美の荷物を持ってあげた。
たとえ出かける途中であっても、待ち合わせ時刻を遅らせてまでそうしたのだ。
晴美への好意があった訳ではない。
広太はゲイだ。
だが、自分や仁太と友達になってくれた晴美には、感謝をしていた。
だからこそ、度々親切をして恩返しをしたのだ。

晴美は親切をされているうちに、広太への好意を抱くようになった。
だがこれにはもう一つ訳がある。
今は病気で痩せ細ってしまった父もまた、元気な頃は広太と同じような背中をしていたのだ。
しかし悪いことに、自分の思いに気づく頃には晴美の引越しはもう決まってしまっていた。
初恋なのだ。
そうしたこともあろうというもの。
引っ越ししてから、涙を流すことも度々あった。
それでも翌日には元気になるのが、晴美流。
それに晴美はもう大丈夫、新天地で背中の大きな子を見つけたようだから。
その子も優しかったから、晴美ともすぐに打ち解けた。
恋仲になりそうな予感。
運命の風は、追い風へと変わった。
潮目が変わったのだ。

一方、広太と仁太はますます仲を深めていた。
広太は、気は優しくて力持ち。
仁太は、わんぱく坊主。
元々、気が合うのだ。
彼らはきっと、大人になっても支え合いながら生きてゆくことだろう。

学校からの帰り道、楓並木には色がついた。
真っ赤に染まったそれはまるで、晴美が好んで着ていた洋服の色のようで、二人には感慨深かった。

秘密基地は二人で使っている。
親に聞かれたくないちょっとした話をするのに、最適なのだ。
そろそろ思春期、いろいろある。

登校、授業、下校、それは晴美がいなくても毎日続く。
同じようなことの繰り返しの日々は、二人にはつまらなくも思えたが、どっこい、互いの存在がそれをいつの間にか面白くしていたのだった。

学校からの帰り道、ふとした瞬間に、二人は手を繋いだ。
もうすっかり慣れた手つきで、そっと握り合う。
目の前には、広く長い道。
二人には一瞬それが、未来まで続いているように見えて、嬉しかった。

広太の両親はもちろん、カミングアウトなどなくても二人の関係を知っていた。
大人なのだ。
当然なのである。

今日は広太と仁太が出会った記念日。
家に帰ると、広太の母親が二人のためにホールケーキを用意してくれていた。
やがて父親も帰ってきて、皆でお祝い。
照れ臭い二人、仏頂面で頰を染める。
でも本当は嬉しいのだ。

鈍色の日常でも構わない。
こんな日々が何処までも続けばいいと、二人はむしろそう思っている。
今、二人は幸せだ。
それはきっと、遥か彼方まで続いていくことだろう。

宵の前、共に歩く道。
沈みつつある夕陽に照らされて、二人は夕焼け色に染まっていた。
それでも構わない、どんとこいーー今の二人は、そんな心境で日没を迎えようとしていた。
そう、物語は何処までも続いてゆく。
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