[ NEW ! ] I’m JUST FEELIN’ ALIVE

I’m JUST FEELIN’ ALIVE
[MIRUIRO no NICHIJO]

[1] 春の嵐

「狡いね、君は。」
そんな言葉を放り投げられて、困惑したまま置き去りにされた午後。
大きな背中が、遠ざかってゆく。
『あなたにそこまで言われる筋合いはないよ。』
俺は心の中でだけ、ひっそりとそう、呟いた。

独りで歩く、帰り途。
少しの孤独を感じながら、ふと君の、そう、伊知郎さんの笑顔が思い浮かんで、涙が滲む。
「ねぇ、こんな時どうすればいいの、伊知郎さん……。」

決してタイプではなかった。
なのに嬉しそうな顔をした。
要は、誰でもよかったのだ。
それを狡いと言われてしまえば、それまでのこと。
確かに言い返せない。
でもそれを知っていながら俺を抱いたあなたも、十分に狡いのだと思っている。
ほんの一瞬ではあるが、サインは送っていたのだから。
目は合っていた、確かに。
俺は眼光鋭く、睨み付けていた。
俺には選ぶ権利などない。
それでも、排そうとはしたのだ。
それは、分かって欲しかった。

家に着く。
まだ陽は高いのに、ブランデーなどを開けてみる。
そこへメッセージが届いた。
驚いた。
それは何と、春希君からのものだったのだ。
久しぶりのことだ。
慌てて返信をする。
この時、俺にはこの季節に相応しい、桜色の恋の予感が降って来ていた。

[2] 横浜散策

君だけに、告げたい。
本当は君を、愛している。
伊知郎さんのことは確かに、忘れられない。
それでも春希君、君からの想いは、受け入れたい。
そう心から思ったから、待ち合わせの話に乗った。
まぁ、どうせ伊知郎さんとはもう、逢えないのだ。
乗ってみたところで、裏切りにはなるまい。
とまぁ、一方では情けない程に一途で、一方ではいい加減。
矛盾する対立する要素が、頭の中でぶつかり合って、亀裂を生んでいる。

翌朝、待ち合わせ場所。
春希君は車で来るらしいから、ロータリーがその場所となっている。
結局、来てしまった。
桜並木が、風に吹かれて花を舞い散らす。
そろそろ、桜の季節も終わりだ。
クラクションが鳴り響く。
VWのGolfに乗って春希君がやって来た。
年式の新しめの、認定中古車らしい。
それにしても真っ赤だ。

「やぁ猛君、お待たせ!」
「春希君、服も車も真っ赤だね。それで、これから何処行く?」
「海にでもドライブしようよ。灯台なんかがあるところまで。」
「いいけど、遠くない?」
こうしたいつもの感じで、会話はスタート。
春希君は運転が上手だ。
車好きでもある。
わざわざ中古のGolfを選んだのも、そうしたところからだろう。

昨日のことが嘘のように、胸が高鳴る。
我ながら、選り好みのし過ぎではあるが。
ここはひとつ、思い切ってみた。
「ね、はーる君!Chu!」
春希君、顔を茹で蛸のようにしながらも、運転は平然とこなす。
そういうところがらしいと言えばらしいのだが、少しくらいはフラついてくれてもよさそうなものだ。
まぁでも、つまらないが仕方ない。
事故に遭わないだけ、まだましなのだ。
自分、何を期待しているやら。

「猛君も免許取れば?AT限定なんて、ちょろいよ。いずれ限定解除って手もあるし、そんなことしなくても今時の車はほぼATだから、AT限定免許で何の不便もないし。」
そうなのだ。
前々から欲しいとは思っていたのだが、取れずにいたのだ。
「通いでなら、取れるけど。でも、あんまり教習期間が延びるのもなぁ。俺、鈍臭いし。」

「うちの親戚、地主でさ。田舎の方にでっかい土地遊ばせてんの。何ならそこで乗ってみる?私有地だから免許要らないよ。」
「海は?」
「今日は海に行くー!」
「オッケ!」

途中、高速のPAで休憩。
まだ午前中で、疲れている訳でもないのに、眠たい。
まさに、春眠暁を覚えず、という訳だ。
ブラック無糖のコーヒーを二人して飲む。
好きな訳ではない。
ただ、眠気を取りたいのだ。
結局コーヒーを二杯飲み、用を足してPAを後にした。

やがて車は横浜に到着。
有料駐車場に停めて、中華街を散策する。
「へぇ、横浜にしたんだ。食事はどうする?」
「フカヒレ料理の食べ放題のお店があるんだ。予約は取ってあるよ。そろそろ行こうか。」
「やったね!流石は春希くーん!」
腕を組んだりしながら、お店へ。
ちょっとイチャイチャしている。
目障りだなんて、言わせない。

入ってみると、なんてことはない。
お店の人は皆丁寧で、フカヒレを満喫した。
「これ、そんなに美味しい?」
春希君からのカウンターパンチで、噎せてしまった。
フカヒレなのだ、旨いのだ。
そうに決まっている。
そうでなければならない。
これはもう、定説だ。
でないと、フカヒレに失礼なのだ。
大体、美味しいと思うのだが。
味覚が異なるのか。
そういうことは初めての経験。
まぁでも好みなんて色々だからな。
こうしたことを言っている内に、昨日の不快な出来事のことは、綺麗さっぱり忘れ去っていたのだった。

フカヒレの姿煮に、フカヒレの塊の乗った炒飯、フカヒレの塊の乗ったラーメン、刻んだフカヒレの入ったスープ、点心、餃子、北京ダック、青椒肉絲、そしてデザートの数々。
バイキングなのに意外と食べられない。
これは経験上わかっている。
仕方ないのだ。
遠慮もある。
それでもランチだし、こんなものだとは思う。
意外と少食なんだな、俺達って。

車でランドマークタワーへと移動。
ここの六十九階の展望台の北東方面の景色は、まさに絶景だ。
見ておいてよかった。
スカイツリーの展望台に登って思ったのは、あまりに高過ぎても、あの辺りには何もないから、建築物が豆粒みたいに見えるだけでつまらないのだ。
その点ランドマークタワーは、ロケーションも高さも絶妙。
しかも窓の下のカウンターの位置が適切だから、近くで見ていても怖くない。
思いの外の、大収穫だった。

帰りのエレベーターに乗って、行きと同様に耳がツンとして、耳抜きをしないといけなくて。
でも早いのはいいね。

青いランボルギーニを見かけた。
感じからすると、特注色だろう。
セルリアンブルーのような。
うらやましいものである。
まぁそもそも、俺は車の運転すら出来ないのだから、全く以って論外ではあるのだが。

付き合いが長いので、横で運転されているとわかるのだが、今、春希君、盛っているらしい。
流れとしてはいい雰囲気だから、ここはひとつ乗っておくことにした。
何軒かのシティホテルに問い合わせて、結局インターコンチネンタルホテルに決まったのだ。
最初からインターコンチネンタルホテルにしておけばよかったのではないか、とのツッコミもあろうが、高いから出来るだけ避けておきたかったのだ。
まぁ久々の再会ではあるし、舞台は整ったのだ。
男同士が盛るのには、少し出来過ぎな舞台ではあるが。

[3] Transcontinental Railway

今から十数年前。
小学生だった頃に、俺は手酷く苛められていた。
父親は海外勤務が多く「どうかね、ヨーロッパで鉄道の旅でもしてみないか」と誘ってくれた。
それはのちに病気で空の星になる父親との、最後にして最大の思い出となった。
父には、寿命がやってくることの予感があったのかもしれない。
俺は父親の側を片時も離れなかった。
言葉がわからないから、はぐれると大変なのだ。

ヨーロッパは、星空が綺麗だった。
治安は思いの外よくない箇所もあり自由に動ける訳でもないのだが、広場の美しさと裏道の荒み具合が好対照で、興味深くもあった。
そして、美しいヨーロッパの街を練り歩いて、ようやく日本のよさに目覚めたのだった。
桂離宮などは案外装飾的なところもあるのだが、プロポーションはミニマルで、それはもう美しいのだ。
ヨーロッパを巡ることで、自国のよさを再発見出来た。
もちろん、それだけではない。
フランス、イタリア、ドイツ、フィンランド、あちこち巡った。
そこで初めて、ヨーロッパの魅力と課題が見えてきたのだ。
これは、父親が最後に俺にくれた、最上のプレゼントとなった。
感謝の念が今も、雫となってポタポタと目から落ちてゆく。
父よ、母よ、あなた達と出会えて、本当に本当に、心の底からよかったと思っている。
ありがとう。

俺は今、叔父のコネクションを使って、財団法人の職員になっている。
そうそうなれるものではない。
あの後学校に頑張って通い、高校、大学に進学出来たから拓けた道。
自分一人の力でなれる筈はない。
助けてくれた叔父夫妻にも担任の先生にも、もちろん心からの感謝をしている。

母は父の後を追うようにして星になったから、俺はそれ以降、叔父の家に預けられることとなった。
叔父一家もまた、優しかった。
叔父は俺を度々、全国のスキー場や温泉地に連れて行ってくれた。
中には高い旅館もあって、そういうところでは嬉しいというよりは、緊張でガチガチだったのをよく覚えている。
叔父夫妻には子供は居なかったから、俺は我が子のように可愛がられて来たのだった。
養子縁組もした。
名字が同じである方が、何かと都合がいいかららしい。

高校を卒業した後の春休み。
俺は強行日程を組んで、鉄道でヨーロッパ大陸横断をすることに決めた。
父と見たあの景色を、もう一度だけこの目に収めたい。
旅先では、危ないことが何度もあった。
前の時は、父が守ってくれた。
今は違う。
独りで立ち向かわなければならない。
怖いけれども、怖気付いてはいけない。
胸を張って、手は決して出さずに、口で遣り合う。
案外何とかなったものだ。
運が良かったからかもしれない。
或いは、遠くの地から、皆が守ってくれたのだろうか?
そうかもしれない。
俺は幸せ者だったのだ、それは間違いない。

大学に入学して、俺は伊知郎さんと出逢った。
二年間の恋だった。
短かな短かな恋だったが、一生分の幸せをあっという間に使い果たしたような気もしていた、そんな恋だった。
その間、春希君とはずっと仲のよい友達だったのだ。
本当は気付いていた、春希君の気持ちには。
それまでにも勢いで抱き合ったことはあったが、俺が本当の意味で覚悟を決めたのは、伊知郎さんに捨てられてからだ。
最愛の人だったから、最後の最後まで俺の方からは可能な限り、裏切りたくはなかったのだ。
それは俺の矜持だったから、最後まで変えられなかった。
伊知郎さんに捨てられたことで新たな愛を獲得出来たのだから、悪いことばかりでもない、そう何度も言い聞かせて、俺は泣き崩れたのだった。

[4] 決意と感謝

インターコンチネンタルホテルの客室で。
昔の思い出を思い返して、俺は涙に溺れていた。
「大丈夫?今夜はやめとく?」
そう春希君が聞いてくるので、僕は春希君を押し倒して強引なキスをした。
「えへへ、珍しいね、猛君。」
「きっと幸せにするよ、ずっと一緒に居てくれるかい、俺と。」
春希君の返事は、激しいハグだった。

長い長い、夜だった。
この時にはもう、何があっても春希君を守ろうと、固く心に誓っていた。
春希君が不意に、俺に聞いてくる。
「ねぇ、猛君は僕のこと、好き?」
だからこう答えた。
「もちろんだよ!時々昔のことを思い出して悲しくなるけど、それでもよければ是非、俺の側に居て欲しい。」
迷いはなかった。
若さ故だったかもしれない。
それでも、側に居たかった。
この時には、俺はもう、春希君を愛していたーー。

明け方。
朝焼けが眩い。
これは裏切りなのか、俺の尻は軽いのか、などと堂々巡りになってみたりもするのだけれども、その結論は前に出した筈だ。
伊知郎さんと再会出来たその時のことは、またその時に考えればいいことだ。

明け方、シャワーを浴びる。
起き出した春希君が、狭いバスルームに入って来る。
抱き締め合って、暫し降り注ぐお湯の中に身を委ねる。
「ね、もしも伊知郎さんが帰って来ても、僕達それでも少なくとも、友達だよね?今は僕、猛君の彼氏だよね?」
俺は黙って頷いた。
春希君は俺の頭をくしゃくしゃにかき乱す。
長い長いシャワーの時間は、結局は一時間が過ぎるまでは終わらなかった。
まぁ、ホテルに居る時くらいは、贅沢をしてもいいよね、そう思う俺なのだった。

君が居てくれたから、俺は立ち直れるかもしれない。
その優しさには、時に溺れそうではあるけれども、俺にはなくてはならないものだったのだ。
君が居るから、前に進める。
永遠などないと、今も昔も思っている。
それでもきっとずっと、少なくとも長い間、僕達は彼氏であり親友なのだ。
万が一奇跡的に、伊知郎さんが戻って来たとしても、きっと三人仲良く、上手くやっていけるだろう。
きっと、俺は我が儘なのだ。
周囲の人々を振り回して、迷惑をかけてきたのだ。
言うまでもないこと、俺は皆に支えられて生きている。
だから言おう、今言おう。
皆よ、ありがとう。

-THE END-
関連記事

0コメント

コメント投稿