[ NEW ! ] CANAAN

[1] 日々徒然

一月初旬の夜。
湿った雪が降りしきる。
歩道には既にそれらが積もっていて、やがては凍りつく事を予期させた。
明日、転ばずに歩けるだろうか。
そんな心の騒めきとは裏腹に、静かな裏道。
誰も居ない事をいい事に、二人、そっと手を繋ぐ。
体は芯まで冷えているのに、心がぽかぽかと温かい。
思えば、いつかこんな日が来ないものかと、微かな望みとともに待ち侘びていた事もあった。
何故だろう。
こんなにも寒い夜なのに、まるで熱病にうかされているかのようだ。

そのまま家へと向かってゆくと、真正面から不機嫌そうな春希君が突進して来た。
『や、妬いてるな。』
そう思った俺は、こちらからも突進して、不意打ちで春希君にハグをした。
「わ、わ、わ!」
「はーる君、妬いちゃ駄目ぇ!」
そのままキス。
「はーい、そこまでー。」
伊知郎さんのストップがかかった。
取り敢えずは、ここまで。

家に着くと、三人そろっての大好物、デリバリーのピザLサイズを六枚、早速注文する。
サラダもついでに頼んでおいた。
野菜も摂らないといけない。
「ねぇ猛君、ペアガラスでも結露ってするんだね。」
「今日は凄く寒いから、外側はね。仕方ないよ。」
「ほいよ、ビール、二人共。」
「ありがと、伊知郎さん!」

そうこうしている内に、ピザが届いた。
すでに俺達三人は、ほろ酔い加減。
「ねぇ、たまには混ぜてよ、二人共。」
「春希君、それねぇ、何の話?」
「SEX!」
「バーカ!」
「な!?馬鹿って何だよ、馬鹿って!たまにはいいじゃんか!」
「ほらそこの二人、荒れない!」
約束なのだ、伊知郎さんとの。
春希君には悪いが、Hは出来ないのだ。

その時は、急に訪れた。
「なぁ猛よ、免許取れ、いい加減。」
「え、いきなり何、伊知郎さん?」
「三人の中でないのお前だけだぞ。先々のこともあるし、一応取っとけ。」
そう、免許を取ることになったのだ。

結論から言う。
実技も学科も、驚く程簡単だった。
ましてや原付なんて、あれは誰にでも乗れる、間違いない。
それはさておき。
AT限定の免許だったからかもしれない。
鈍臭い俺でも、実技は一発で通過。
学科も不安はなかった。
学科試験対策用の端末でシュミレートしたのだが、何度やっても満点なのだ。
実際の学科試験でも、多分満点だったろう。
やはり、一発で合格。
何だ、呆気ないものだな、その時はそう思った。

車は、三人で一台を共有することにした。
新たには買わないのである。
必要ないので。
ここは東京なのだ。
外では停める場所を探すのも一苦労。
そんなには使わないのである。
伊知郎さんも春希君もかつて車は別々に持っていたが、今はプジョーの508一台のみ。
どうも国産車は気が乗らなかったみたい。
だからってフランス車だなんて!
似非セレブはこれだから困る。
プリウスだっていい車に違いないのだ、そうに決まっている。

まぁトリプルインカムだから、経済的には余裕なのだ。
それでもプジョー508、結構いい値段がする。
馬鹿な人達だな、そう思って、ひとりごちた。

それからというもの、週末は三人でドライブ三昧。
海へ山へと、何処へでも向かう。
この日は江ノ島。
既に季節は春、三月なのだ。
陽気もいい。
行きは、俺の運転で。
問題なし。
朝早くに出て、新江ノ島水族館に寄ってから、お昼ご飯。
午後は有料エスカレーターのエスカーに乗る。
ちなみにエスカー、便利だが下りはないのだ。
困ったものである。

レストランのランチをつつき回しながら。
「ねぇ、最近、粉瘤が出来ちゃってさ。」
「へぇ、何処に?」
「言えないとこ。」
「春希君、それ、食事中だから駄目!」
「今度日帰りで手術するの。二人とも付き合って。」
「嫌だよ。」
「俺も嫌だ。」
「二人共、冷たいのー!」

帰宅後。
伊知郎さんが春希君に。
「脱げ。」
これには春希君もびっくり!
「え、えぇ!?」
一応の検査で性病でないことはわかってはいたのだが、それにしてもこの展開は、一歩間違えればSEXである。
よくない。

夜は三人寄り添って、仲良く眠る。
セミダブルベッドを二台くっつけて置いてあるのだ。
狭くはない。
三人共個室はあるのだが、夜一人で眠るのは、皆一様に寂しいのだ。

後日の夜。
夕食のメニューにターキーレッグとホールケーキが出て来た。
春希君の粉瘤の手術が無事に終わったのだ。
「おめでとうー!」
「かんぱーい!」
「二人共、ありがと!」
和気藹々とした中で、とある平日の夜は更けていったーー。

[2] ちんまりとした幸せ

突如、春希君のご両親が来訪することになった。
部屋はあるのだが、何しろ急だったもので、てんやわんやなのだ。
一晩かけて片付けて、当日。
三人共仕事があったので、出迎えは夜になった。
リビングで、デリバリーの寿司をつまみながら。
和やかな会話。
ホッとした。

「そうそう、私の姉が痴呆になってしまって、旦那とは離婚していたから、飼い猫のアメリカンショートヘアーが大変なの。私も旦那も動物は苦手でね。飼ってくれるなら今度連れてくるわ!血統書は付いているの。どうかしら?時間がないのよ、今返事聞かせてもらえるかしら?」
三人、顔を見合わせてーーニンマリ。

そうした成り行きで家族になった、アメリカンショートヘアー。
思いの外、よく懐いている。
流石は血統書付きである。
おとなしいのが何より、よい。

週末のお出かけには、車が必須になった。
キャリーバッグに入れて、猫を運ぶからだ。
家飼いだが、時々は広々とした場所に連れ出してやりたい。

この日はピクニックセットを持参して、公園で屋外パーティ。
ブルーシートでは味気ないので、虹色のシートを敷いて、今日のパーティタイムの始まり。

料理は全部俺が作った。
それも俺の役目、当然なのだ。
フライヤーで揚げたフライドチキン、お手製フライドポテト、フルーツサンドやローストビーフサンドなどの各種サンドウィッチ、保温ポットにはキャンベルのコーンスープもある。
搾りたてのフレッシュジュースもたくさん用意したのだ。

ちなみに、飼い始めたアメリカンショートヘアーの名前は、キュア。
いつも缶詰の餌を与える。
カリカリは見向きもしないのだ。
贅沢な奴め。
これも血統書付きだからだろうか。
今から餌代が思い遣られる。

無言で食事というのもつまらないので、伊知郎さんに質問を振ってみた。
「春希君と俺、どっちが可愛い?」
どっちが好きとは聞いていないのがミソである。
伊知郎さん、まんまとかかった。
「どっちも好きだよ」などと抜かすのである。
浮気、認定。
それなら俺も、という訳で。
「そんなんなら、俺春希君と、今夜寝るから。」
てっきりこれで、縋ってくれるものだと思っていた。
だが現実はシビアだ。
「いいよ。猛がそれでいいなら。でもその代わり、俺とは別れるんだぞ。」
俺はただ「冗談だよ」と返すのが精一杯だった。

帰宅。
早々に伊知郎さん、とんでもないことを言い出した。
「俺もいつまでも健康で居られるかはわからないからな。万が一の事故のこともあるから、猛と春希も肌を合わせておいた方がいいと思うんだ。でもそれだと俺も嫉妬するから、3Pで!」
「へ?」
「えぇ……。」

ことは致しましたとも!思いの外よかったと思う俺は、何処までふしだらなんだろうか?
それでもここには、ちんまりとした、ほっこりとした幸せが確かにあった。
こういうのも、たまにはいいのかもしれない。
いやいや、駄目だ!
駄目なんだ!!

[3] 急転直下

五月。
蒸し暑い日には、軽くエアコンをつける。
それにしても今年の五月は、暑いなぁ。
俺と春希君がエアコンの真下でハーゲンダッツを食べていると、伊知郎さんが出かけるという。
この頃伊知郎さん、アメリカンショートヘアーが可愛くて仕方ないらしくて、ほぼ全ての世話をやるのだ。
こちらとしても、楽でいい。
動物病院で定期健診を受けるようで、いつものキャリーバッグに猫を入れて、後部座席にそれを置いて、いざ出発。
行くこともしない僕達が何故わかるのかというと、伊知郎さん、いつもそうしているからだ。

三十分程経った頃だろうか。
携帯が鳴った。
見知らぬ番号。
それも珍しいことに、携帯の番号などではないのだ。
嫌な予感がした。
そしてそれは、的中する。
かかってきた電話は、救急病院からのものだった。
どうも伊知郎さん、運転中に突如、初めてのてんかんの発作を起こしたらしくて、事故を起こしてしまったのだ。

僕はその場に泣き崩れた。
気丈だったのは、春希君だ。
「泣いてたってしょうがないでしょ!早く行ってあげないと、可哀想じゃない!」

伊知郎さんは、意識は清明だったが、下半身不随になってしまった。
泣き腫らした。
俺はやはり、情けない男なのだ。
奇跡的に、アメリカンショートヘアーが無事だったのが数少ない、幸いだったことだ。

伊知郎さんの親類・家族の類は、一切やって来なかった。
冷たいが、仕方がない。
あの時の離婚が、カウンターパンチのように効いているのだ。

手術とリハビリを経て、退院。
それでも、歩けない。
車椅子生活だ。
困ったのは、SEXが出来なくなってしまった事だ。
伊知郎さんは言う。
「Hは春希君とするといいよ。俺、そっちはもう駄目だし。生きてただけでもめっけもん、ハグとキスだけで十分だよ。」
俺はその場に泣き崩れた。

不思議なことに、それからの方が三人の関係は上手くいっている気がする。
これからは今まで以上に三人でスクラムを組んで、協力しながら生活しなければならない。
でも、大丈夫。
この関係は、案外奇妙なバランスで上手く成り立っているからだ。
俺達三人は、せめてこれ以上の不幸が誰の身にも降りかからないよう、祈るのみだった。

[4] CANAAN

伊知郎さんからは、性感は完全に失われていた。
可哀想だが、仕方ない。
これからは俺と春希君が行為に耽ることになる。
俺達二人は、伊知郎さんの身の回りの世話をするのだが。
最初の頃は慣れなかった。伊知郎さんも俺に負けずに体重が重いから、二人がかりでも移動には一苦労なのだ。
お風呂係はもちろん、今以て伊知郎さんの彼氏である、俺の役目。
身体を触れるだけでも、愛おしいのだ。
春希君の存在は重要だ。
正直俺だけでは、心身ともに疲弊するところだったのだ。

家は、売った。
病院代に、お金が随分とかかったからだ。
でもそんなこと、伊知郎さんや春希君の笑顔に比べれば、どうってことない。
すぐに買い手がついて、よかった。
築浅だったのが功を奏したのだろう。
越した先は、2DKの小さなアパート。
これでもいい、それでいい。
三人一緒なら、それで十分だ。
ここが俺達のいわば、約束の地。
今、幸せだ。
どうしてって?
三人の絆が、これまで以上に深くなったからだ。
ようやっと辿り着いた場所。
手放してなるものか。
世間の風など関係ない。
そう思った俺は、少し強くなった。
これからも三人で仲良く。
伊知郎さんはテレワークを始めた。
思った程には収入も減っていない。
大丈夫、行けるさ!
頑張る!

-THE END-
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