恋を紡ぐ人 4 [Ability to Survive]

転んで、転げ回って、立ち上がってまた転んで。
昔の僕の人生って、まさにそんな感じだったような気がする。
よく考えてみると、物心つく前からそうだったのだ。
これは師匠から聞いている。
今の師匠が居なかったら、多分生きてゆく事さえままならなかっただろう。
考えようによっては、悪運が強かったのかもしれない。

今から二十数年前。
僕は大きな公園の多目的トイレで生まれたらしい。
その後赤ちゃんポストに入れられ、孤児となった。
生まれからして人とは違っていたのだ。
施設に預けられた訳だが、そこの施設長の前で幼い僕がたまたま魔法を使った事で、事態は思わぬ方向へと展開する。
施設長の知り合いだった今の師匠に、紹介されたのだ。
そこまでは良かった。
師匠との出会いは、僕の人生を良い方向へと変えてくれたからだ。
父の逞しさも母の温もりも知らなかった僕。
師匠はそんな僕の、希望の灯となった。
優しかった。
いつでも笑顔で接してくれた。
師匠は僕に、穏やかな愛を教えてくれた。
養父でありながら師匠は、時に母の役割をも演じてくれた。
特に、魔法に成功すると、とても嬉しそうな、それでいて穏やかな顔を見せてくれた。
その表情が何度でも見たくて、僕は魔法にのめり込んだ。
師匠には見えていたのだ。
僕と魔法の明るい未来が。
僕には確かに、素質があったのだ。

だが、困難は他にあった。
僕はませていて、当時から恋多き少年だった。
女の子相手ならまだ良かったのかも知れない。
しかし相手は男、それもデブ専である。
これが不幸の始まりだった。
告白する度に変態呼ばわりされるのだった。
それでも僕は、めげなかった。
泣いても泣いても、次の相手を探した。
小学校に上がっても、中学校に進んでも、それは変わらなかった。
生存能力や魔法の能力には長けていたが、恋愛方面での学習能力がゼロに等しかったのである、自分。
そもそもヘテロセクシュアルばかりの学校の中で同性に告白した所で、上手くいく訳がないではないか。
愚かだった。
師匠からは泗水と呼ばれていたのだが。
そんな僕、いつの間にか学校中、近所中を敵に回していた。
気味悪がられたのだ。
子供の親御さんの中には、僕と関わる事が子供への悪影響へと繋がる事を心配する向きもあった。
まさに四面楚歌だった。
あからさまに攻撃される訳ではない。
みんなが無視してゆくのだ。
声を掛けても、ことごとく返答がない。
学習出来なかった愚かな僕に待っていた、これは天罰なのだとその時の僕は思っていた。
だが、そんなどうしようもなかった僕にでさえ、師匠だけは変わらず優しかった。
「また次があるさ。」
そう言って、笑ってくれた。

師匠は僕を、恋を紡ぐ職人に育てようとしていた。
恋の成就を知らない僕が、他人様の恋を紡ごうというのである。
最初にそれを聞かされた時には、一体何の冗談かと思った。
でも師匠は、恋に失敗し続けた僕だからこそ出来る事があると、そう熱弁した。
気圧されて、その話に乗っかる事にした訳である。
考えてみれば、恋愛に報われない事に関しては、師匠も僕の仲間だったと言える。
そうなのだ。
だからこそ、未来が見えたのだろう。
伊達に人生の先輩な訳では、なかったのである。

その後も魔法の修行を重ね、晴れて中学を卒業した。
修行はそれなりにはキツかった。
年を追う毎にハードになっていったのだ。
だが、元々魔法に関しては、他の能力者と比べても随分と恵まれた素質を持っていたので、なんとかこなす事が出来た。
もともと僕はぐうたらな方だが、魔法を使う時は何故だか、楽しかったのである。
だから飽きずに続けてこられた。
師匠はそんな僕を、変わらず嬉しそうに見ていた。
そんな訳で魔法は得意中の得意だったのだが、勉強の方はさっぱりだったので、学年でも大変珍しい事に進学はしなかった。
それで良かったのである。
魔法の世界に学歴は関係ないからだ。
契約後のお給料は固定給になるとはいえ、結局の所実力がものを言う世界なのである。
何の成果も上げられなければ、首筋も寒くなるというもの。
それはまぁ、頑張る訳である。

それから十年近く。
遂に瞬間移動の魔法をマスターした。
無数にある魔法の中でも、飛び抜けて高難度の技だけに、感激もひとしおである。
これもひとえに、紫蘭姐さんのお陰なのだ。
感謝してもし切れない。
普通、素質があっても長期間に及ぶ訓練で挫折する。
今までどれだけ多くの魔法使いが瞬間移動に挑んで、敵わなかったか。
紫蘭姐さんの指導が良かったから、出来るようになったのだ。
これはもう、奇跡と言っていいかもしれない。
これで僕は、日本で四人目の、グランドマスターの称号を持つ魔法使いとなった。
この肩書きがあると、弟子が居なくても師匠とみなされるので、師匠格と同額の基本給がもらえる事になる。
暮らしが楽になるので、実にありがたいのだ。
それに、よほど悪い事でもしない限りは、クビになる事がなくなる。
グランドマスターともなると、存在しているだけでも価値があるのだ。
しかしそれ本当かね?とはいつも思うのだが。
ま、それはともかく。
悪い者共を消滅させる魔法も、グランドマスターなら師匠扱いなので使えるのだ。
これで仕事も、やりやすくなる。
良い事尽くめなのだ。
消滅の魔法、今度紫蘭姐さんに教えてもらおうか。

さて、中学卒業と同時に、築何十年といった古い借家の一戸建てで一人暮らしを始めた、僕。
師匠から一人暮らしのお祝いに、赤ちゃんミニブタをプレゼントされた。
ペットショップには師匠と同行。
何でもその子、あと少しで売り物にならなくなるところだったのだという。
人気がなかったのだ。
こんなに可愛い顔をして、すりすりと甘えてくる。
人気がなかったのは不思議だ。
幸いにも師匠は、連れて帰る気満々だった。
しかし、確かに可哀想だとは思ったが、何故こんなにも人気がないのか。
その時の僕には、分からなかった。

オスなので、僕はその子をオースと名付けた。
よく撫で話し掛け、力を分けて魔法や会話の訓練をしてと、手塩にかけて育てたのである。
毎日添い寝をする程に可愛がっていた。
しかし度が過ぎたのか、体重は増加の一途を辿り、遂には90kgを突破した。
もう、全然ミニでも何でもない。
ただのブタである。
まぁ親ブタからして大きかったようであるから、仕方ないのだ。
不人気だったのは、これが理由だった。
親ブタが大きいと、大体子ブタも大きくなるようなのだ。
親ブタは100kgとの事だったから、90kgならまだマシなのである。
ブタだけに元来大飯食らいなのはもちろんなので、工夫してこれでも餌の量は減らしているのだ。
ただこの子、師匠が連れて来ただけあって、魔法の素質は実に豊富にあったのだ。
正直言ってこれは、ブタの中では一、二を争う天才ぶりだ。
師匠、自身の魔法の才能はともかくとしても、新たな才能を発掘する能力には非常に長けていたのである。
そんな訳でオース、訓練を始めて何年かが経った頃には、よちよち歩きながらもいっぱしの魔法使いになっていた。
そう、家の外では滅多にしないものの二足歩行も出来るようになったし、言葉も流暢に喋る。
人の心の内も読めるようになった。
他のミニブタよりも随分と長生きするとの事であるし、何よりも、賢くて愛嬌がある。
相棒にはぴったりなのだ。
オースのお陰で、毎日の仕事がより楽しくなった。
顔を見ているだけでも癒される。
こんな存在は貴重だ。
しかも、いざという時には頼りになる。
互いの間に恋愛感情はなくとも、紛れもなく掛け替えのない、大切な大切な相棒なのだ。
離れ難い、まさにそんな存在だった。

陽射しが暖かい。
こんな日は散歩日和だ。
ふらふらと当てもなく街を彷徨う。
日課のようなものだ。
これも仕事の内。
オース共々透明になって、目立たないように。
オース、最近になって透明化の魔法を覚えたのだ。
ブタとしては素晴らしい成果だ。
だがオースの並外れた才能からすれば、まだまだ伸びしろはある。
頑張って欲しいものだ。
「ねぇ泗水、あの男の子の背中、寂しそうだね。」
見るとまあるい背中が一つ、うなだれていた。
僕達は即座にその男の子の頭の中を覗く。
「だいぶ弱ってるね。」
「歳は16かな。」
「想い人に振られた挙句、跡継ぎの問題で父親とも対立している。本人は継ぎたくないみたい。」
「急いだ方がいいかもね。」
そんな会話をしながら男の子の後を追う僕達。
男の子は橋を渡ろうとしていた。
少なくともその時点では、そのように見えていた。
だが。
次の瞬間、欄干に手を掛けるとジャンプしてそれを飛び越え、あとはもう真っ逆さま。
慌てた僕とオース、魔法で男の子の腕を強引に手繰り寄せた。
周囲に気取られぬように透明化の魔法も併せて少年に用いた為、騒ぎになる事はなかった。
こうして、既の所で、危機は回避された。
「どうしたの!しっかり!」
「起きて!」
実体化した僕達が、気を失いそうな男の子に揃って声を掛ける。
「う……、あ……。」
完全に目を覚ます男の子。
良かった。

近くの公園で話を聞く。
男の子は訥々とした口調で事の起こりを語るのだった。
「あの、、、僕、好きな人に告白したら、いじめられたりゆすられたりするようになって、、、。」
男の子の言葉は短かったが、それで僕達は揃って大体の事情は察した。
恋愛には常にリスクは付き物だ。
男の子、良くない相手に恋をしてしまったのである。
これだから少年ゲイの告白はお勧め出来ないのだ。
何度も失敗してきた僕が言うのだから、間違いはない。
ちゃんとした出逢いの場で相手を選ばないと、大抵の場合ゲイの告白は失敗するのだ。
そしてそれは、少年ゲイには難しい。
念のために僕達は、更に男の子の頭の中を覗いてみる。
それは、切ない恋の繰り返しだった。
去勢されているオース、恋の感情は分からない。
性欲が湧かないだけではないのだ。
だからその持てる能力の割には、いつまでたっても僕の助手止まりな訳だが。
本来なら独り立ちしていてもおかしくない所だが、そこはブタであるし、まぁ仕方ないのだ。
しかし、オースには分からなくても、僕には分かる。
何度も恋で挫折して、遂に力尽きようとしていた男の子の心の内が、手に取るように。
少年ゲイの恋はまず叶わないし、立場が弱い上に偏見があるので、色々と難しいのだ。
絡まった糸をほぐし、紡ぎたての糸で新たな相手と結んであげる事、それが今回僕達に課せられたミッションである。
まずは男の子の告白相手の元へと向かい、男の子に関する記憶を残らず消去した。
これでいじめやゆすりはなくなる。
次に男の子の両親の元へと忍び寄り、関心を次男へと向ける事にした。
男の子は長男だったのだ。
関心が次男に向かう事で、家業を継がなくても良くなる。
親子間の関係には、なるべくなら手出しはしたくなかったのだが。
この場合は仕方ない。
そう言い聞かせた。
他に手はないのだ。
グランドマスターになると、こういった場合にも裁量の幅が大きくなるので、面倒がなくていい。
次男は少し可哀想だが、ここは頑張ってもらおう。
男の子の新しい相手だが、これには心当たりがあった。
僕の相方・浩司さんの弟である。
年上になるが、男の子にとってはそれ位がちょうど良いのではないかと、そう思えた。
浩司さんの弟は自活しているので、男の子も高校を卒業したらそこで共に暮らせばいい。

赤い糸で、恋の灯りに光が灯る。
男の子の目に、輝きが生まれる。
一度も恋が成就した事のない男の子にとってその目の輝きは久々の事だったようで、僕達としてもとても嬉しい。
二人は、結ばれた。
もう、離れない。
特に男の子にとっては、苦労して掴んだ幸せだ。
手放す道理がない。
もちろん、祝福される恋ではない。
それでも、当人達が幸せなら、それでいい。
このお仕事はこれにて、一件落着。
「泗水さん、ありがとう!」
男の子の笑顔が、素直に心に沁みる。
生き抜く力も、これで高まった事だろう。
僕達もこれでまた、前へと進める。
良かった。

後日談。
やはり二人は、男の子の高校卒業を待って、共に暮らす事にしたようだ。
今は日帰りで男の子が浩司さんの弟の元に遊びに行っている。
男の子は料理が得意なようで、ちょくちょく訪れては手料理を振る舞う。
食材の買い出しは二人並んでスーパーに出掛けるのだ。
ちなみに男の子の得意料理は、肉の野菜炒めと、豚汁らしい。
二人の見た目には、似つかわしい料理だ。
男の子、苦労してきただけに、幸せになって欲しい。
浩司さんの弟はともかくとしても、男の子は両親へのカミングアウトもまだであるので、今後色々と困難な事も待ち受けているだろうが、是非とも頑張って欲しいものだ。
僕とオースはこれからも二人のためになら幾らでも協力すると、誓ってみせた。
新しい門出、いつまでも応援している。

そして月日は流れ、男の子の高校卒業の季節がやって来た。
男の子の両親は、男の子がゲイである事を、とうの昔に知っていた。
そこは親なのである。
失恋を繰り返し、時に泣き、時に喚き、時に塞ぎ込む。
部屋には女の子のアイドルのポスターの一枚も、グラビアアイドルの写真集もない。
それはまあ、分かるのである。
何しろ女っ気が一切ないのであるのだから、分からない方がおかしい。
仮にも長年親業をやっているのである。
何年も前から覚悟はして来た事だけに、息子がゲイだからといって驚くような事は、この夫婦に限っては今更なかったのだ。
父は、男の子を黙ってきつくきつく抱き締めた。
母は、リビングの片隅で泣いていた。
この時母は、男の子の幸せを、心から祈っていた。
男の子は一言だけ、言った。
「好きな人が居る。僕、その人の家で暮らしたい。ダメかな?」
父は一言こう、答えた。
「お前が信じた人だ。それも良かろう。でも、辛くなったら戻ってくるんだぞ。」
父がそこまでを言い終えた瞬間に、男の子の緊張の糸が切れた。
男の子は号泣した。
ここまで愛されていたという事実。
それは男の子の涙腺を崩壊させるのに十分だった。
それから程なくして、男の子の引越しは行われた。
浩司さん兄弟はカミングアウト済み、揃って成功している。
これで男の子達を阻むものは、何もなくなった。
嬉しい、そんな些細な感情がこんなにも大切だったなんて、そう男の子達は噛み締めていた。
嬉しかった。
ただひたすら、嬉しかった。

男の子の引越し先で、細やかなパーティーをする事になった。
僕と浩司さんが招かれた。
男の子や浩司さんの弟のご両親を招いたパーティーは、顔合わせも兼ねて既に小さなレストラン貸切で行われていて、今日のはもっとプライベートなパーティーだ。
お料理担当として、オースももちろんいる。
オースはお手製のホールケーキを用意していた。
他にも鶏の丸焼き、ローストビーフ……気合が入っている。
男の子がまだ飲めないので、酒の類はない。
色とりどりのご馳走を前に、コーラで乾杯。
「美味しいね!」
男の子のひと言で、場が和む。
「そうでしょ!」
オース、誇らしげに胸を張った。
その様はまるで、そっくり返って倒れそうな程だ。

パーティーの帰り道。
僕とオースと浩司さんは、暗い夜道を並んで歩いていた。
「また来られるといいね!」
オースがそう言うので、僕と浩司さんは黙って頷いた。
今回もお仕事成功。
だが僕達はこれからも、その行く末をずっと見守っている。
それがこの仕事を生業とする者の務めだからだ。
まだまだ、未来は終わらない。

-完-

元々この作品と次の「オースの詩」は一つの作品でした。
ただ、単一ではあまりにも盛り沢山になってしまったので、二つに分けた訳です。
毎度毎度のハッピーエンドですが、切ない終わり方というのも読後感を考えると難しいもので。
前置きが長いのも、元々一万字前後の作品となる予定だったからです。
気軽に楽しんで頂けましたら、この上なく幸いに思います。
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