恋を紡ぐ人 1

繰り返し、繰り返しの事で、挫けそうになっても。
それでもなお諦めないで、倒れても立ち上がる。
そんな気合いと根性があれば、どんな困難だって、きっと乗り越えられる。
そう信じているから、だから、僕はまだ生きている。
今も、心は折れそうだ。
でも、こんな時こそチャンスだ。
あの人に。
届け、この想いーー。

僕は、ここ日本で人々の恋を紡ぐ事を生業としている、魔法使い。
名は、泗水。
中国かぶれの師匠が付けてくれた通り名だ。
正式な名はもちろん他にあるが、滅多に使わないので、ここでは割愛する。

僕は自分の恋愛には無頓着だった。
そんなことにかまけている暇はなかったのだ。
でもこの頃、押さえ付けていた胸がざわめく感じがして、何とも居心地が悪い。

自殺しそうな女の子を見つけた。
恋の魔法を紡いでみようか。
目には見えない糸を紡いで、念力を込める。
彼女の好みのタイプを確かめて、フリーの男の子を探す。
見つけた。
やってみると早いものだ。
急いでいるだけに、ありがたい。
糸の両端をそれぞれの手の指に巻き付ける。
これでお膳立ては完了。
僕は姿を消す事が出来るので、こんなのはお茶の子さいさいだった。

男の子、女の子に気が付いた。
危なかった。
もう少しでベランダから飛び降りる所だった。
男の子が女の子に出逢ったのは、女の子が親戚に犯された後の帰り道だったのだ。
あと半歩でもタイミングがずれていたら、二人はこの路上で出逢えなかった。
女の子は死に、男の子はその事を知る由もない。
早速男の子が声を掛ける。
恋が始まった。
間に合って、良かった。

こうした事を生業としている魔法使いは、日本国内にだけでも何百人かは居て、僕は本来、男同士の恋愛を成就させる事を専門にやっているのだ。
今回は、たまたま見つけた彼女が死にそうだったから、特別。
お代は、彼女と彼の生気を少しずつだけ。
こうして僕は、生き長らえているのだ。
とはいえ、これだけでは生きていけるとはいえ痩せ細ってしまうので、食べ物も普通に食べる。
お陰さまで肌の艶も良く、丸々と肥え太っているという訳だ。
その分のお金は、固定給で毎月、師匠がくれる。
ありがたい事である。

姿を消して、街を彷徨う。
僕の日課だ。
ふと目の前に、虚ろな背中が一つ。
恋を紡ぐ事で救えないか。
幸いにもその男の人はゲイだった。
僕の領分だ。
確証はないが、何とかなるかもしれない。

一つ、また一つ、積み上げてゆく。
その繰り返しが、僕に信用を与える。
目の前の男の人の事も気にはなるが、先の女の子が心配だ。
千里眼の能力で覗いてみると、彼女、泣いていた。
どうやら親戚に犯された事を告白したらしい。
男の子、女の子を優しく包み込む。
これは上手く行く。
間違いない。
これにてこの件では、僕のお役目は終了。
目の前の男の人に意識を集中する。
彼、デブ専のようだ。
好きな相手にフラれたらしい。
いっその事、僕が彼氏になってみようか。
険しい表情をしている為に分かり辛いが、よく見ると彼、可愛らしい顔をしているのだ。
他の人に取られる位なら、僕が是非。
という訳で、ここで実体化。
気さくな感じで声を掛ける。

また失敗した、また上手く行かなかった。
そう思った。
僕はこういうシチュエーションに弱いのだ。
ところがである。
驚いた様子で警戒しながらこちらの方を見つめていた彼、踵を返そうとしていた僕に笑顔を向けたのだ。
明らかにこちらを見ながら。
その笑顔に邪気がない事を確認出来た僕は、彼の柔らかな頰を丸い指先で軽く突っついた。
これが、運命の出逢いの始まりだった。

師匠の機嫌が良くない。
「公私混同だろう、それは。」
そうには違いないが、これで彼は救われるし、僕も幸せになれる。
その上、仕事も捗る。
なんだ、一石三鳥ではないか。
良い事尽くめだ。
だから僕は反論を試みる。
「良いじゃないですか。みんなが幸せになれるんだから。」
師匠は明らかに苛立った声で、「仕方ない、今度だけだぞ」と言って、僕の意識の中から消えた。

その後、僕の自宅となっている築五十年の一軒家で、彼と二人で。
ほっこりとしたひと時を満喫。
この家には結界が張ってあるので、虫やネズミは出入り出来ない。
清潔なのだ。
地震さえ起きなければあと二十年は住めるだろう。
借家だが、古い家なので大家さんもうるさくない。
むしろ綺麗に住んでいるので、好評なのだ。
そんな中、僕の飼っているミニブタがビーフストロガノフとポークソテーを作っている。
自分の分も含めて、三人前だ。
なんだ、共喰いじゃんね。
ふと視線を逸らすと、呆気に取られる彼の姿があった。
こんな事でいちいち驚いてもらっては仕事に差し障って困るので、一応説明を試みる。
一通りの説明を終えて彼を見ると、何か言いたそうにしているので聞いてみる。
「ま、魔法で浮気とか、し、しないよね!」
なんだ、そんな事か。
僕は股をかけるのもかけられるのも大嫌いだ。
だから言った。
「大丈夫。僕はしないょ、絶対に。」
それを聞いた彼の綻んだ顔が可愛くて、僕はファースト・キスを彼に捧げた。

そこへミニブタのオースが料理を持って登場。
「こんな所でおっ始めないでよね」と釘を刺した。
「オース、今日の料理の出来はどうだい?」
隣で相方となったばかりの浩司さんが恥ずかしそうな顔をしていたので、それとなく話題を変えてみたのだ。
「バッチリだょ!」
まぁ分かってはいた。
オースは器用だし、食い意地が張っているから自分も食べる料理は手を抜かないのだ。
「オッケ!いただきまーす!」
宴の始まりである。

僕は人を殺せない。
掟でそう、決まっている。
たとえ相手が殺人鬼であってもだ。
こんな事があった。
ストーカー体質の男が居た。
彼、ゲイなのだが、既に好きだった男の人を一人殺してしまっており、先が危ぶまれた。
刑務所からの出所直後の事だ。
そこへ、格好のターゲットが現れる。
このままではみんなが危ない!
だから僕は姿を消して、ストーカーの男の耳元でこう囁いた。
「狂人。不細工。お前には一生、男は出来ない。」
彼はその途端に路上で叫び出した。
そこで早速、119番にお電話。
ストーカーの男は精神病院の閉鎖病棟に収容され、とりあえずの所は事なきを得た。
投薬治療の甲斐あって、今は病院の開放病棟の普通の病室で、穏やかな日々を過ごしているらしい。
まずはめでたい。

それにしてもオース、料理が上手い。
ビーフストロガノフにポークソテー、更にはポトフ。
どれも感激のお味である。
「オース、今日もお料理ご苦労さま。美味しいょ!」
「良かったょ、泗水。僕のとっておきだから、不味いなんて言われたらどうしようかと思っちゃった。それはそうと、前から聞きたかったんだけどさ、僕の名前、なんでオースなの?」
「オスだから。」
その瞬間に殺気を感じたのは事実であるが、のんびり屋のオースの事、危ない事はしないだろうと思い、無視する事にする。
「まぁいいや、毎日食材を買うお金いっぱいくれてるから、許してあげる。」
そうなのだ。僕もオースも食いしん坊。
こういう所で気が合うから、飼っていられるのだ。
ついでに浩司さんも食いしん坊のようで、みんな大満足の夕食だったのである。

僕は孤児だった。
それを引き取って育ててくれたのが、今の師匠である。
当時から僕の才能は見抜かれていたようで、僕は魔法の英才教育を受けて育った。
という訳で僕、学校の成績はイマイチだったが、魔法を使わせるとピカイチだったらしい。
僕や師匠のような魔法使いは人間ではあるが、神様と契約を交わしている。
殺人をしない、泥棒をしない、特に必要な場合を除いて個人情報を盗まないといった基本的な事から、国の転覆に関わらないといった事まで、様々な掟があり、それを承諾出来た能力者だけが、神様と契約出来る。
一旦契約してしまえば、お給料は歩合制ではないので、気は楽だ。
何処もみんな、師匠達が一括でお給料を受け取り、それを弟子達に支払う。
師匠を除けば誰も彼もがみんな同じお給料なので、喧嘩が起きる事はない。

ちなみにオースは、デブ専ゲイの僕にはお誂え向きだろうという事で、師匠がプレゼントしてくれた大切な相棒だ。
その、うちの師匠。
築三十年のこぢんまりとしたマンションに住んでいるのだが、そろそろ引っ越したいらしい。
飽きたというのだ。
新築の頃から住んでいたらしいから無理もないが、僕の所は築五十年。
三十年なんてまだまだ、序の口だ。
最近は引っ越しを諦めたのか、ちょっとした模様替えや観葉植物の育成、インテリア小物の見立てなどに凝っているらしい。

実はオースも、魔法を使える。
が、それを加えても二人と一頭。
魔法使い界隈でも有名な程、うちは小所帯なのである。
師匠と僕の二人共、ゲイの恋を紡いでゆくのが仕事であるが、その方面では他に有名な大所帯があって、うちはそこでは掬い切れないマイナーなジャンルの担当となっているのだ。

冬将軍の到来。
恋人達にとっては、美味しい鍋の季節である。
それにもかかわらず、鍋とは無縁の中学三年生が一人、孤独に喘いでいた。
オースは言う。
「ねぇ泗水、あの子助けてあげなょ。」
「そうだねぇ……。」
言われなくてもそんな事は重々承知の上ではあったのだが。
この少年、厄介だ。
正確には親が厄介なのだが。
この会話がなされたのは、朝の事だった。
朝だったから、或いはまだ良かったのかも知れない。
これが昼だったら、或いは夜だったら……。
薄ら寒くなる話ではある。
というのも少年の母、自分達にまつわる噂話を遠方からでも聞き取れる能力を持った、地獄耳の魔法使いなのである。
僕にしてもその話、同じ魔法使い同士、分からないでもないのだ。
気付いてしまったと言おうか。
残念ながら少年には何の能力もないから、母の元から逃げ出す事もままならない。
虐待されていたという訳だ。
この時は平日の朝だったから、先の会話を元に少年が虐待される事はなかったのである。
とは言うものの何はともあれ朝なので、会社に出掛ける浩司さんの事を先に僕は見送る事にした。
共に住み出したのだ。
「今日もご馳走だょ、すき焼きだょ、お鍋だょ。早く帰って来ると、良い事あるょ。」
オースが珍しく煽っている。
一方の僕は、不安からくる偏頭痛に悩まされながらも、浩司さんの事を手を振って見送るのだった。
その直後である。
「行くょ!ハーネス付けて。」
オース、少年の家に行こうというのだ。
ハーネスを付けるのは、一応大型のペットというていであるのだから、仕方ない。
僕はオースに急かされるままに、家を飛び出していた。
少年の母は、魔法使いではあるが神様とは契約していない。
そのような魔法使いはしばしば見かける訳で、そうした者達のパトロールも僕達契約済み魔法使いの仕事なのだ。
だから、オースは間違ってはいない。
仕事なのだから、せねばならない。
だがこの時の僕は、どうも気が乗らなかった。
こんな事は珍しい。

オースは家の中では二本足でちょこまかと動き回るのだが、目立つので外では四本足歩行をする。
オース、いつもよりも歩くペースが速い。
オースはオースで、思う所があるようだ。

オース、少年の家に辿り着くと、生け垣を飛び越えて窓ガラスをぶち破った。
「ここは僕に任せて!」
仕方ないので待っている。
これはやり過ぎではないのかと、当初はそう思っていた。
だが、事態はそれ所ではなかったのだ。
今まさに少年の母は、苦しみから逃れる為に首を吊って亡くなろうとしていた。
危なかったのだ。
だが、或いはそのまま死なせてやれば良かったのかも知れないーーのちにそう思う事になるのだった。
だから気が乗らなかった訳なのである。
オースが事情を聞く。
もちろん、少年の母にだ。

事件は、少年が四歳の頃に起きていた。
母が天ぷらを揚げている最中に、宅配便がやって来た。
母は鍋をそのままにして、少年に「見ていて」と頼んだ。
その直後の事である。
三歳になったばかりの少年の妹が、よたよたとやって来て母の真似をしようと、鍋に手を触れたのだ。
ひっくり返る鍋。
油を被ってしまう。
季節は冬。
運悪く静電気で、少年の妹は火だるまになってしまった。
その一連の様子を、文字通り少年は黙って見ていた。
或る意味では母の言い付けを守っていたとも言える。
これで、母はおかしくなってしまった。
夫は逃げるように離婚。
以来女手一つで少年を育てる事になったのである。
上手く行く訳がない。
それ以来今日まで、母も少年も、心に十字架を背負って生きて来たのだ。

オースが一通り話を聞き終えた。
その内容は念で僕にも伝わっていた。
母は虐待の罪で逮捕された。
他に方法はないのだから、仕方ない。
少年は、近所の遠縁の親戚の家で暮らす事になるらしい。
親戚、良い人達だと安心なのだが。
ここである事に気が付いた。
少年も遠縁の親戚の一人息子も、ゲイなのだ。
これも何かの縁。
結び付けてしまおう。
二人ともデブなのだ。
デブ同士、話が合うという事もあろう。
そうだ、それがいい。
僕は姿をそっと消すと、少年の指に赤い糸を結び付けた。
昨晩紡いでおいた、とっておきの赤い糸である。
もう片方の端を、遠縁の親戚の息子に結ぶ。
ぽっと恋の炎が、二人の中で温かく灯った。
これでもう大丈夫。
幸い、親戚は優しい人達だったから、虐待の心配もなくなった。
高校へも、無事に進学出来るだろう。
僕は孤児だったから、少年の気持ちは少しは理解出来ているつもりだ。
この家族はすでに壊れていたから、これで良かった。
願わくば、少年の母親にもいずれは立ち直って欲しい。
それだけでも、少年の心はきっと軽くなるだろうから。

季節は移ろい、翌年の春。
自殺しそうだった女の子は、僕の力で出逢った男の子と、結婚した。
お腹の中には、既に赤ちゃんが居るらしい。
なんともめでたい。

虐待を受けていた少年は、親戚の息子と無事に結ばれ、同じ高校に通うようになった。
二人は同い年なのだ。
親戚の息子は、気は優しいが力持ち。
見た目だけならガキ大将である。
それだけに、揃って歩いていても、誰も何も言わない。
上手く行きそうで何よりだ。

僕と浩司さんは、養子縁組をした。
照れるやら、嬉しいやら。
そんな僕達の元に、紫蘭姐さんが駆け付けてくれた。
うちと違って大所帯の、しかしながら同じようにゲイの恋を紡ぐ魔法使い達の、師匠である。
忙しい弟子達に代わって、お祝いに来てくれたのだ。
もちろん、うちの師匠も同席している。
最初は苦々しい表情を浮かべるばかりだったうちの師匠も、もうすっかり気が変わっていた。
僕達の事を応援してくれているのだ。
紫蘭姐さんが音頭を取って、みんなで乾杯。
「二人の末永き幸せを祈って、乾杯!」
紫蘭姐さんの気の張った声で、一同テンションMAX!
その後は和やかな宴となった。
会場は僕の自宅。
気楽なものだ。
料理はいつも通り、オースの担当。
「しかしお前んとこのブタ、飯が美味いな。」
滅多に人を褒めない紫蘭姐さんのこの言葉には、オースも思わずガッツポーズ。
こうして、ずっこけてばかりだった僕も遂に、幸せを手に入れたのだった。

桜が散りそうな頃。
僕は己の人生を振り返っていた。
色んな人達に助けられて来た。
それでも、孤独は消せなかった。
今は違う。
もう一人きりではない。
ようやく訪れた幸せを胸に、前を向いて進みたいーーそう心から思う、春の宵だった。
諦めなくて、良かった。
本当に、良かった。

-完-

Essentials for Livingシリーズの三作目。
これまでのこのシリーズの作品の中では、一番書きたい事が書けた作品かもしれません。
このシリーズの次回作があるのかは、誰にも分かりません。
だって書いている本人ですら分からないんですもの。
恒例の動物も登場。
今回はミニブタ。
楽しんで頂けましたら、心より幸せです。
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