外伝 : unlimited force

「美は時に不便なものである。
それでも美を欲するというのが、人間の性というもの。
これは人に対しても当てはまらないだろうか?
高貴で美しい人は手が掛かる。
その点、お前のような平民ならば、こちらも気を遣わなくて済むという訳だ。
どうだね、今夜。
もっとも、お前には拒否権などないのだから、聞くだけ無駄だがな。」

カストロール公爵は、亜麻色の髪の丸っこい少年を視界の中に収めていた。
少年は、歯軋りしている。
悔しいが、命が惜しい少年は、歯向かう事が出来ない。

ここパドワール王国は、日本の西方にある独裁国家だ。
ライデルベルク王家が代々治めて来た小国である。
小国であるのに他国から侵略されないのには、それなりの訳がある。
パドワール王国の上空には、無数の浮遊型ミサイル発射台が浮かんでおり、敵の侵入を防いでいるのだ。
この発射台を発明した男の末裔が、今のカストロール公爵なのだった。
発明の栄誉に対して、ライデルベルク王家は爵位を与える事で報いたのである。

カストロール公爵家の現当主は、ビサールという。
ビサール・フォン・カストロール、これが彼のフルネームである。
両親には先立たれており、少し前まで良く出来た両親を持っていたというような、典型的な放蕩息子だ。
名門を一代で潰しかねない、そんな雰囲気もあるにはあったが、その事を面と向かって口に出来る者など、彼の周りには何処にも居なかった。
彼の権威は、砂上の楼閣のようなものだったのだ。

開放された少年は、街をうろつき歩いていた。
カストロール公爵は、彼にしてみればただのいけ好かないじじぃだ。
そんな男に花の十代のバージンを捧げたのであるから、やさぐれたくもなるというもの。
しかもカストロール公爵からは、また連絡があるかもしれないというおまけ付き。
待っている間は、恋愛も禁止されている。
性病を持ち込ませない為だ。
よほど気に入られたのだろう、少年には二十四時間三交代で、休みなく監視役の兵士が付いている。
隙がない。
息が詰まる。
苦しい。

少年の名は、ディンケル。
母子家庭に生まれ育った、名もなき魔法使い。
本来なら魔法でこの苦境から脱する事が出来る筈なのだが、魔法使いだと知られては厄介な事情がある。
巷で、魔法使い狩りが横行しているのだ。
少しでも怪しまれれば火炙りだ。
逃れる為には魔法を使うしかないのだが、中には魔法を知らない一般人も混じっている。
そうなると、もう焼かれる他ないのだ。
残酷ではあるが、パドワールに於けるこれが、現実なのである。
この頃、地球全土を中世的退廃が覆い尽くしていたから、何もパドワールだけが特別だった訳ではないのだが。

ディンケルにはもう一つ厄介な事情がある。
彼はゲイなのだ。
ゲイもまた、パドワールに限らず至る所で差別されていた。
先のカストロール公爵にしても、偽装結婚までして世間を欺いている位なのだ。
そのカストロール公爵を裏切って逃亡すれば、二度とパドワールには戻れなくなる上、下手をすれば病床に伏している母の命も危ない。
だから甘んじて公爵からの凌辱を受け入れた訳であるし、これから先もあまり目立ちたくはない訳だ。
では我慢すればいいのかというと、それはそれで少しおかしい。
そんなにも忍耐を許容出来る程には、大抵の人間は強くはないからである。

ディンケルには相棒が居た。
ハムスターのプップである。
プップとは、ディンケルによる命名だ。
このハムスターは賢い。
そして、良く懐く。
何故なら、ディンケルがそうなるように魔法をかけたからである。
弱っていたハムスターを知人から貰った際に、病気を治す代わりとしてそうしたのだった。

知人の事は、信用していた。
これは大前提である。
実際、信用するに値する男だったから、ディンケル、見る目はあったのだ。
そうした訳で、ディンケルは母を匿うように、知人へと頼んだ。
それを実際に伝えたのは、プップだ。
ディンケルの事を張り付いて監視していた兵士も、ハムスターの動きにまでは関心がなかったのである。
ディンケルとプップは念でやり取りが出来るから、その点からも怪しまれる事はない。
かくしてディンケルは、国外逃亡を謀るのだった。
やはりこれ以上の凌辱には、耐えられなかったのである。
魔法使いとは言っても、ディンケルも人の子なのだ。

電車の中。
程良い振動に揺られながら、暁は車窓からの景色を眺める。
思いの外、綺麗だった。
暁、勤務先が家の近所になってから、この電車に乗らなくなって久しい。
今日は暁、相方の増造と久々のデートなのだった。
「なぁ、暁。昼飯、何にする?」
「サンマーメンで良くない?」
たわいもない会話。
と、ここで。
乗っていた電車が急停止。
吊り革につかまっていた暁と増造はその場に、転げて一回転してしまった。
混んだ車内でなくてまだ良かった。
「いてて!何だぁ!」
何が起こったのかはこの時の二人には分からなかったが、電車はなかなか発車しない。
噂話が聞こえる。
どうやら、見た人が居るようだった。
人身事故らしい。
「それがね、血だらけの少女がね、消えたんですってよ。」
「何をそんな、馬鹿な。」
次の瞬間だった。
暁と増造の乗っている車両内に突如少女が現れ、二人を無理矢理に持ち上げると、そのままその場から消えてしまった。
何の事か分からない二人。
気がつくと、空を飛んでいる白い龍の上で、横になっていた。
目をぱちくりとさせる増造。
無理もない。
「やぁ、気が付いたか。」
血だらけの魔法使いの少女が、暁と増造の二人を気遣う。
別に勝手にすればいい訳だが、自分の体の心配でもしたら?などと二人がもっともな事を思っていると……。
「私は魔法使い。自己治癒力が普通の人間よりもだいぶ高いから、これ位の傷など平気だ。」
筒抜けなのだ!
二人は、腰が抜けそうになる。
「やれやれ。だから魔法使いだと言っておろうが。君達にはチラン耐性が豊富にある。よってこれから起こる戦いに参加する為の、戦士になってもらう。」
何が何やらさっぱり分からない、といった風情の二人。
特に増造は開いた口が塞がらないようだ。
暁は暁で、思わず下の景色を覗き込んで、体が硬直してしまった。
恐怖のあまりに全身が震える、そんな感覚。
「この龍はアルトと言って、私の掛け替えのない相棒だ。優秀だから、そんなに心配しなくても大丈夫。ただ、無駄に動かないでくれ。」
そんな事を聞かされるまでもなく、動ける訳がない二人。
二人は、ただしがみ付くのに必死だった。

やがてアルトは急降下を始める。
「あーあー!」
振り落とされないようにするので、二人は精一杯。
降りた所は、広い庭。
山の中の、本造りとでも言うべき大きくて立派な木造の建築物が、視界の先に広がっている。
「何ですか、ここ!」
暁は堪らずに、まだ名前も知らない魔法使いへと問い掛けていた。
返ってきた答えは、単純にして明快。
「道場だ。お前達をこれからの一か月で鍛える為の、な。まぁ、頑張れ。地球の命運はお前達にかかっているのだからな。」
さらっと重大な事を言う、魔法使いの少女。
二人共、危うく聞き逃す所だった。
「チラン耐性を持つ者は、魔法を習得し易い。お前達には戦いに必要な魔法を、一通り覚えてもらう。一日一つのペースで、ひとまず三十の魔法の特訓をしよう。」
これには流石に、二人揃ってブーイング。
「死にたいのか?敵に対して抵抗しなければ、こちらが殺されるだけだぞ。マゾか、お前らは。」
そう言われて二人は、慌てて首を横にぶるぶると振るのだった。

どんっ!
空から丸っこい物体が降って来た。
ディンケルだ。

ディンケルが住んでいた時代よりもおよそ二百年前の世界。
場所も全く異なる、ディンケルにとってはまさに未知の世界。
追っ手は来ないので、かえって都合は良かったのかも知れないが。

「お前、魔法使いか?」
魔法使いの少女・レーシアが尋ねるも、返答がない。
それどころではないのだ。
「っ!痛たたた!動けねぇ!」
「間抜けな奴め。暁、増造、行くぞ。」
退散する一同。
ディンケル、ここで待ったをかける。
「待て!しばらくの間ここに置いてくれ!その代わり、魔法で出来る事なら手伝ってやる。どうだ?」

ここで突如、ブリザードが発生する。
もちろん、ディンケル目がけてだ。
「ゴールデン・ブリザード!」
レーシア、渾身の一撃。
だが、ブリザードが目の前にあってもディンケルは冷静だった。
「ウルトラ・スパーク!」
大きな火花があっと言う間にブリザードを飲み込む。
気が付けば、レーシアまでをも飲み込もうとしていた。
「リバース!」
掛け声と共に火花は消滅、ディンケルは胸を張った。
「どうょ?」
がっくりと肩を落とすレーシア。
「分かった。好きなだけ居てくれて構わない。才能は認める。その代わり、協力してくれ、頼む。」
「俺はディンケル。よろしく!それにしてもすごい龍だね!」
レーシアの顔に笑みが戻る。
「アルトだ。頼もしい相棒だ。お前には相棒は居ないのか?」
「居るょ、ここに!僕、プップ!」
ディンケルの上着のポケットから、プップが顔を出した。
一同、爆笑。
これに怒ったのは、もちろんプップだ。
「ストロング・ファイヤー!」
レーシア、黒焦げである。
可哀想なのでディンケル、救いの手を差し伸べる。
「リバース!」
ディンケルの掛け声一つで、レーシアは黒焦げになる前の状態に戻った。
「度々見くびって、すまん。助かったぞ、ディンケル!」
がっちりと握手をする二人。
友情がここに、結ばれた。

突如、上空に暗雲が立ち込める。
雨が降り出した。
バケツをひっくり返したような、まさに。

あれから暁と増造は猛特訓を重ねた。
もう一端の魔法使いである。
特にディンケルの教えは、痛烈に効いた。
「相手に同情していたら、負けるよ。
余計な事は考えないで、全力を尽くすんだ。
基本的にこれは負け戦だ。
勝とうと思ったら死んだ気になってさ。
そもそも奇跡なんて滅多に起きないのに、無理を通そうとしている訳で。
正気を失ったら、終わりだょ。
大丈夫、俺は未来の地球から来たんだ。
勝てるよ。
ここで負けたら歴史が変わってしまう。
俺らは無名の、けれども最強のヒーローになるチャンスを得たんだ。
ある意味では、運が良いょ。」
この言葉は、のちに二人を救う事になるのだった。

WONDER : WONDER史上最強の敵が、突如ディンケル達の目の前にワープアウトする。
総艦艇数、二百万。
どれもヘビー級だ。
勝てるか。
いや、最早そんな事を言っている余裕さえもない。
「エレクトリック・グリッド!」
ディンケルの叫びと共に、世界中の空が格子状に光る。
これは強力なバリアーで、触れると重装甲の大型戦闘艇でも撃沈するというものだ。

立て続けに今度は四人揃って、チランシールドを世界の主要都市に展開する。
四人なのだ。
それが限界である。
ここでプップの出番だ。
プップお得意の酩酊ミスト。
お尻の穴からプップと出るのだ。
これがプップの名前の由来だ。
もっとも、当初出ていたのはただのガスで、酩酊作用が出るようになったのは、ディンケルの魔法のおかげなのであるが。
で、そのミストを吸い込んだが最後、ディンケルがリバースするか彼らが死ぬまで、酩酊状態のままになるという。
シュールストレミング並みの悪臭が、欠点とも言えなくもなかったが、それも攻撃に役立つのであるから、悪い事ばかりではない。

時間は稼いだ。
だが、もうひと押しが必要なのだ。
ディンケルは提案する。
魔法は進歩する。
二百年の時間差は大きい。
ディンケルはレーシアよりも、魔法使いとしての力は、正直遥かに上だった。
そこでだ。
unlimited forceの発動だ。
ディンケルでさえ覚えたての、最新の魔法だった。
この魔法は、四人以上でしか発動出来ない。
しかも全員が魔法使いである必要がある。
体力のない者だと、終わった後に亡くなるという事もある。
だが、今の状況にはお誂え向きだ。
強力なのだ。

皆、笑顔だった。
後退る訳にはいかない。
暁と増造に、今になってディンケルの先の言葉が効いていた。
円陣を組む。
ここはディンケルが音頭を取った。
すっかりリーダーである。
「勝つぞー!」
「おー!」
もしも負けたら歴史が、或いは未来が変わってしまう。
それはつまり、自分達を含む大勢の人々の死を意味している。
負けられない、絶対に。

昔、ディンケルはいじめられっ子だった。
魔法を使えばその場は解決するのだが、後で問題になるのでそれも出来なかった。
ある日、密かに恋をしていた相手の男の子と二人きりになった。
ドギマギするディンケルにその相手、何と唾を吐いたのだ。
「この変態ホモ野郎!死ね!」
こう言われて、疑惑を否定するのに必死だったディンケル、心の中では泣いていた。
そんな毎日の中でもディンケルは、何があっても生きていようと、心に固く誓っていた。
今日この日を迎えて、ディンケルは密かに、嬉しかった。
やっと自分も、誰かの役に立てるかも知れないのである。
喜びもひとしおだった。

一方のレーシア、死ぬ気だった。
unlimited force、自分の体力では持たない。
はなからそれは分かっていたのだ。
ここで自分が散っても、誰も悲しむ者は居ない。
両親を失っていたレーシア、心の底からそう思っていた。
そしてそれは、現実の事となる。

四人、手を繋いで、叫んだ。
「unlimited force !」
空が鮮やかなグラデーションを描きつつ、敵の艦隊を吸い込んでゆく。
戦いが終わった時には、レーシアの息は、既になかった。
力を使い果たしたのだ。
「レーシア!レーシア!」
皆が叫ぶが、時既に遅し。
それでもレーシアにとっては本望だったろう。
地球に住む皆の役に立てて、愛する両親の居る場所へと旅立つ事が出来たのだから。
それに、悲しんでばかりいても、仕方ない。
黙っていても泣いていても、時は粛々と進んでゆくのである。
それはもう、残酷な程に。

後日、レーシアの兄が遺体の引き取りにやって来た。
レーシアの兄、その名をキルドという。
愛くるしい笑顔が印象的な、丸っこい青年だった。
キルド、妹の死にも淡々としていた。
「魔法使いって、そういう仕事ですから。」
笑っていた。
それがまた、涙を誘った。
無理に作られた笑顔だというのが、一目瞭然だったからだ。
それでも、ディンケルは恋に堕ちた。
キルドにである。
このチャンスを逃したら、次はないかも知れない。
そうした思いが、決して外向的とは言えないディンケルの背中を押した。

ただ、無言で。
抱き付いたのである。
拒絶されたら、笑ってごまかして、泣きながら逃げるつもりだった。
だが、キルドは受け入れた。
ディンケルの精一杯の想いを、優しく優しく、受け止めたのだった。
ディンケル、キルドの胸の中で涙が止まらない。
「寂しかったんだぁー!キルド、ずっと側に居てくれ、な?な?」
これにキルド、涙交じりの笑顔で答えた。
言葉など要らなかった。
これで、たったこれだけで、今の二人には十分だったのだ。

もはや身寄りもないディンケル、キルドに全てを捧げる覚悟は出来ていた。
アルトは、ディンケルの相棒となった。
これに機嫌がよくないのが、プップだ。
「大丈夫だょ。プップもアルトも、どちらも大切な仲間だからさ、どっちも大切にする。命に代えても約束するょ。」
ディンケルの言葉にアルト、珍しく涙を零した。
何も出来なかったーーそんな思いが、アルトをどん底に貶めていたのだ。
だが実際には違う。
生前レーシアは度々、アルトに助けられていたのだ。
今回の戦いでもレーシア、勝ち目がないと思って、これまでで初めて特攻をしようとも思ったのだが、最愛の相棒・アルトに止められていたのだ。
一人で特攻をしても、まず勝ち目はなかったから、これで良かった訳である。

「さぁ、第二の人生、行ってみようか!」
ディンケルが気勢を上げる。
プップの魔法で、アルトは普段プップと同じサイズになった。
戦う時だけ、巨大化するのだ。
実に効率的なのである。
まぁ今後しばらくの間は、平和が続くだろうから安泰だとは思われるのだが。
何せあれだけの戦力に勝利したのであるから、その噂は天の川銀河中に轟いているのである。
怖くて敵も近付けないという訳だ。

レーシア、今頃天国に居るだろうか。
そうだといいなーー四人の胸に同じ思いが去来する。

ディンケルは相方となったキルドや暁、増造らと共に、これからは道場で暮らす事となった。
好きに使っていいとのお達しが、生前レーシアから出ていたのだ。
元々はレーシアの父母が所有していた物件。
二人の死後、レーシアが相続していたのだ。

テーブルの上には通帳があった。
unlimited forceが身体の負担になる事を知った時から、自分には耐えられない事を悟っていたのだ。
皆で大切に使ってーー。
そんなメッセージと共に、五百万円もの預金通帳が置いてあったのだ。
一同、啜り泣く。

翌日からは日常が戻った。
亜麻色の髪の二人には掃除・片付け・洗濯・炊事・庭の手入れが任された。
道場だっただけあって、この家は大変広いのだ。
仕方ないので同じ場所の掃除は一週間に一度とした。
暁と増造は会社員だから、お金を稼ぐ。
さすがにディンケルやキルドには、会社勤めは無理なのだった。
そんな事もあり空いた時間には、手先の器用なディンケルは手品の、頭の良いキルドは投資の勉強をそれぞれしていた。
どちらもこの日本では魔法が使いたい放題。
でも、二人共にお金儲けにはさしたる興味もないようで、趣味でやっている、という程度の事。

それにしても、家と呼ぶには広すぎるからだろうか。
掃除だけでも大変であるし、もちろん出社組にもストレスが溜まっていった。
そんな訳で、楽な暮らしでは決してなかった。
それでも四人で鍋を囲む時、そんな事は四人共、綺麗さっぱり忘れ去っていたのだ。
皆、ここにしか居場所はない。
この幸せはきっと守ってみせるーーそう心に誓う、四人なのだった。

-完-

一応のハッピーエンド、いつも通りの。
今回は、予定調和的なお話だったかもしれません。
ハムスターの名前が、お気に入り。
楽しく書けました。
皆様の心にも何かが残せたなら、心より幸せです。
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